見出し画像

かぐや姫は地球に行きたい 1-4

 「探しましたよ、姫様。まあ、今日は2箱もお受け取りですか」

 掛けられた声に、姫は視界を塞ぐダンボール箱をずらせば、メイドワゴンを押す侍女の姿が目に入った。

「探したと言ってるくせに、用意がいいんだから。流石ね、ロダ」

 ロダと呼ばれた年若い女性は、空っぽのメイドワゴンに掛けられた布をめくり、嬉しそうに微笑むと恭しく礼をする。そう、この小柄な若い侍女、姫に個体認識されている貴重な人物の1人なのである。

「さあ、早く参りましょう。もうじき、ここを侍女長が通ります。見つかれば、検品・没収間違いなしですよ?」

 悪い笑みを浮かべて勧めるロダが、なぜ姫に名前を覚えられたかは言うまでもない。姫を諌めるでも窘めるでも心配するでもなく、いつでも臆さず共犯者となる立ち振る舞いが気に入られたのだ(もちろんロダにも毎度処分が下るが、それ以上に姫に名前を覚えられているという功績のために、結局最も近しい侍女となっている)。

「それは困るわね。この子たちみんな、今から存分に味わうんだから。誰にも邪魔はさせないわ」

 姫は抱えていたダンボール箱をメイドワゴンに載せ、愛しそうに撫でてから、布で隠す。そんな姫の言葉に、ロダはふと首を傾げた。

「今から、と言いますと?」
「え? 今、部屋に戻ってすぐに。何か問題でも?」

 自分と同じ角度で首を傾げる姫に、ロダは「まあ覚えているわけもないか」と、すぐに首の角度を直す。

「今、姫様のお部屋では、若君様がお待ちですが」
「え、なんで勝手に入ってるの? ってか、若君様って?」

 「あ〜、今日もそこからか」と、ロダの心は折れかけるが、このくらいで心を折っていては姫の侍女は務まらない。歩き出す姫の隣で、メイドワゴンを押しながら、ロダは姫の記憶を補っていく。

「若君様は、首相の孫に当たるお方で、姫様が5歳の頃に定められた許婚でございます。そして、勝手に部屋に入られたのではなく、姫様が日時を決められ、その時刻通りにいらっしゃったので、私がお通ししました」

 「どちらかと言えば、勝手なのは約束の時間を忘れて不在にする姫様の方かと」と、ロダは付け加えたい気持ちは山々。別に付け加えたところで、気分を害すような姫ではないが、それよりも大事なことを思い出してもらう必要があるため、時間を無駄にしない。

「許嫁って……私、婚約者いるの? 結婚するの!?」

 ロダを食い入るように見つめ、さも初耳かのように驚く姫。だが、このリアクション、5歳で婚約が決まってから、既に何千回、何万回と繰り返されているので、ロダの方は動じない。「相変わらず記憶抹消してるわ」と思いながら、昨日までと同じテンプレートを口する。

「ええ。すぐにというわけではありませんが、折を見て」
「うっそ……。最悪。結婚なんて、何かの罰だと思わない?」

 ここのリアクションは、その時の姫の気分によって変わるので、ロダは毎度少しだけ、楽しみにしている。
 「罰ですか。それなら姫様はまさに、受けるに値する方かもしれませんね」なんて、思っていることをそのまま口にすれば、姫は傷つくことも怒ることもなく、ただ肩をすくめて受け流した。

「心外ね。私は悪いと分かっていることをしたことは1度もないわ」

 「この自覚のなさが1番タチが悪いわ」と、ロダは心の中で肩をすくめ返し、その言葉を出す代わりに、部屋に着くまでに姫に納得してもらいたかったことをまとめる。

「ということで、姫様はお部屋に着いても、すぐに読書はできませんので」

 メイドワゴンを押しながらのその宣告に、姫は立ち止まってロダの袖を掴むので、ロダも立ち止まらざるを得ない。この世の終わりかという絶望の表情をロダに向けていた姫は、次第に駄々をこねる子どものように頬を膨らませていく。

「やだよ。なんとかしてよ、ロダ。本が読めないなら、部屋に戻る意味がないわ」
「そんな顔しても無駄です。今日は、年に一度の姫様と若君様の肖像画を描く日ですから、今日ばかりはどうしようもできません。画家の先生も、もうお越しでしょう。姫が戻らないとなれば、すぐに陛下のお耳に入ります。さあ、参りましょう」

 畳みかけるようにきっぱりと言い切ったロダは、歩き出そうとするものの、足裏が床にくっ付いているのかというほど動かない姫に服を持たれたままで、1歩も動けない。本が読めると分かるまでは、ここを絶対に動かない。そして、本を運ぶロダも離しはしない。その姫の決意がひしひしと伝わってきて、ロダは大袈裟にため息をつくしかなかった。

「分かりました。絵のモデルは本を読みながらで構いませんから」
「ほんと!? ありがとう! 大好きよ、ロダ」

 飛びつくように共にメイドワゴンを押し始める姫に、「結局こうなるのよね」と、ロダは過去の姫の肖像画を思い出して一つ息をつく。
 若君と姫の肖像画。それは、去年のも一昨年のも、その前からずっと、本を読む横顔を描いたものなのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?