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かぐや姫は地球に行きたい 1-5

 自室に入った途端に、応接間にもかかわらず姫はそこに座り込み、メイドワゴンからダンボール箱を取り出して開封を始める。縁に残るガムテープに構わず、バコンバコンと、大きな音を立てて開けていく姫の横、ロダに向かってかける声があった。

「よく姫を連れて帰ってこれたね。やはり君は見習うべき、有能な侍女だ。尤も、若君に困らされたことは1度もないけどね」

 その声にダンボール箱を開けていた姫の手がふと止まり、顔を上げて声の主を探し出す。どういう意味だと咎めるためではない。

「レオ! なんだ、あなたも来ていたのね」

 何よりも心待ちにしていたはずの本をほっぽり出して、姫は名を呼んだ若者のもとへ行く。その斜め後ろには、姫にとっては見覚えのない若者ーー姫の許婚が立つ。そう、姫がなぜか個体認識している一人は、姫の許婚ではなく、その付き人のレオだった。

「我が主人の行かれるところに、お供させていただくのは当然のことですよ」

 胸に手を当てて一礼したレオは、1歩下がると、姫の視線をその主人の方へ誘導させる。

「じゃあ、あなたが私の婚約者ね」

 そう微笑んだ姫の視線の先は、横で大きなキャンバスをセットする宮廷画家に注がれていた。

 「え?」と漏らしたのは、画家か、レオか、許婚の若君か。

「姫様、その人はただの画家です!」

 すかさずロダの声が飛んでくる(入り口付近で、姫がほっぽり出した箱の開封を引き継いでいる)。「ただのって……」と、コケる宮廷画家には誰も目もくれず、姫はようやく、レオの隣にいる若君へと視線を向けた。

「そう。じゃ、あなたね。よろしく」
「は、はい。いく久しくっ、よろしくお願いいたします」

 姫に右手を差し出された若君は、若干声をうわずらせ、ぎこちなくその手を取り、片膝をついた。あくまで形式的なあいさつだと言いたげに、すぐさま姫が手を解き、若君もおずおずと立ち上がる。2人の間にそれ以上の会話はない。「見ていられん」とでも言いたげに、一つ咳払いしたのは用意のできた画家。

「では、姫様、若君様。そちらの椅子にお座りください。今年こそは正面から描きたいのですが……」
「申し訳ございません。今年も本有りです」

 画家の言葉を遮って謝罪するロダに「ですよねー」顔になる画家とレオ。

「では、若君様は姫様と向き合うように」
「はい」

 素直に画家の要求に答えている若君の横、姫はロダ(というより本)に駆け寄り、1冊目を受け取る。その表紙をチラリと見たレオは「おぉっ」と、小さく歓声をあげた。

「コナン・ドイルですか」
「そう! レオ、読んだことある?」
「もちろん。シャーロック・ホームズシリーズで有名な作家ですね?」
「ええ。でもこれは、ドイルが書いた歴史小説なのよ」
「歴史小説ですか! ほぉ〜、それは初めて知りました」

 などなど大いに盛り上がる2人に、完全に置いてけぼりにされた若君以下3人。その中でも若君の表情が一段と曇るのを見たロダは、すぐさまレオに鋭く声をかけ、2人を引き剥がした。


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