かぐや姫は地球に行きたい 1-3
ある日のこと。
姫はいつものように、地球に返却する本を発送するために、ピッキング場に荷物を持ち込みに来ていた。姫ともあろう者が、なぜ自ら発送作業をしているかといえば、今日届く本を一秒でも早く受け取りたいからというだけである。まあ、他の者に任せて、中身を見られてとやかく言われたくないという理由もある。
満面の笑みで60サイズのダンボール箱2箱を受け取り、すぐさま自室に戻ろうとする姫に、ピッキング場の係員は声をかけた。
「姫様。現代日本の担当者が通信を求めていますが、繋いでもよろしいでしょうか?」
「え? ええ〜? 今?」
ダンボール箱を大切にしっかりと抱えて振り向いた姫の顔は、明らかに「今すぐ帰りたい」という不満顔である。係員は心を砕いて頭を下げる。
「お忙しいのは重々承知しておりますが、あちらも火急の用とのことでして」
「……1分で済ませてよね」
ため息混じりにこぼされた姫の言葉に「それは私に言われましても」と係員は思ったが、流れるように姫に預けられた2箱のダンボールに「重っ」しか、言葉は出てこなかった。
「ここで働いてる割には非力なのね」
落とさないように必死で抱え、よろける係員を見て、可笑しそうに笑う姫。係員は「私は事務仕事担当なので」と、何百回目かの説明をするが、姫は初めて聞いたかのように「そう」と頷き、また一つ笑う。笑いながらも、姫は勝手に係員の仕事場へ入っていき、勝手に機器を操作すると、手早く地球と通信を始めた。
「どうした〜? あなた宛てには一昨日発送したはずだけど。ゆうパックの追跡番号、ちゃんと配達済みになってるわよ?」
呑気な口調で姫が尋ねれば、泣き叫ぶような『姫様! 大変です!』との声と、悲痛な顔をした人の自撮り映像が返ってくる。
『本が足りないんです! 何回数えても、1、2、3、4、5、6、7、8、9! 1冊足りない! ご覧の通り、9冊しかありません!』
「そりゃ、9冊しか返さなかったからね」
皿でも数えるかのように、ご丁寧に1冊ずつ確認していく映像に向かって、姫はあっけらかんと言い放つ。途端、悲鳴にも似た息を飲む音が辺りに響く。
『では、1冊は姫様の手元に残っているということですか!?』
「そうだけど。表紙の色が気に入ったから、しばらく飾っておこうと思って」
『困ります、姫様! 府中の図書館で借りたんです! とりあえず期限の延長はしておきますから、何卒、二週間以内に返却を……!!!』
必死の懇願虚しく、姫はすぐさま「嫌よ」と突き放す。
「自分でどうにかなさい。これだから、又貸しはしちゃいけないのよ。後悔しなさい」
『現代担当はみんな、やってることです。姫様もそれをご承知で、これまでずっと、二週間以内にご返却くださっていたじゃないですか!』
「借りた本で費用を浮かせるという行為は、大目に見ているだけで、認めた覚えはないわ。私の都合で、私の所有物にして何が悪いのかしら?」
姫に返せる言葉が見つからない地球の担当者は、ぐすぐすと泣き声を漏らす。
『姫様に本を送り続けること、はや12年。既に私の家は本で埋まりました。また、最近ご要望される本の中には、絶版本や希少なものなど購入が難しく……』
「いや、知ったこっちゃないし。そんなことより、あなた、私と同じくらいの齢に見えるけど、もうそんなに地球にいるのね?」
話を変えるような姫の驚き混じりの口ぶりに、画面には不思議そうな顔が映った。
『はぁ、それは――』
答えかけた言葉の途中、突如として通信がブツリと途切れる。姫が驚いて振り向けば、ダンボールを抱えたまま係員が一つ頭を下げた。
「失礼しました。1分が経っておりましたので」
「……あら、気が利くじゃない。じゃ、私にもう用はないわね?」
姫は僅かに訝しげな顔をしたものの、ダンボール2箱が目に止まると、嬉々として係員から取り戻す。
「はい。お時間とっていただき、誠にありがとうございました」
軽々とダンボールを抱えて去っていった姫だが、3歩と行かずに立ち止まり、「そうだ」と顔だけ振り返る。髪で隠れて見えにくいその表情に、係員は何を言われるのか予想がつかず、ドキドキとした。
「……ほら、どこの本って言ってたっけ? 必要なら、蔵書印のハンコと管理バーコードとか、適当にプリンターで作って送ってあげなさい」
「……あ、はい! 承りました」
姫の温情措置に係員が頭を下げれば、足取り軽やかに姫は去っていく。頭を上げた係員は、もはやダンボールの中身にしか興味がなさそうな姫の後ろ姿に、ホッと安堵の息をついた。
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