かぐや姫は地球に行きたい 1ー19
「大変申し訳ありませんでした!」
王の謁見室に響く声。膝をつき、伏して謝るのは、姫の輸送を頼まれていた、あの担ぎ人だった。
「随一のチームで携わらせていただいたのですが、激しい酔いには抗えず……。どうにか9世紀の日本上空には、たどり着いたのですが、それ以上、姫様を乗せての安全な運行は不可能だと判断しました」
「それで……姫は? もしかして、連れて帰ってきたりなんかしちゃったりして」
伏しながらの担ぎ人の報告に、どこか怯えたように顔を引きつらせた王は、腰を浮かして聞く。
「そうすべきかとは思いましたが、9世紀頃の日本には、その付近の者との物流に使用している竹林がありまして」
「ああ、金や織物の輸入に使ってる竹型の転移装置のことかい?」
「はい。ちょうどその場に、転移スポットがあったもので、陛下にお渡しされた品々諸共、姫様を流し入れてしまいました!」
姫を流しそうめん扱いで地球に輸送してしまい、申し訳なさでいっぱいの担ぎ人の報告に、王は一つ息をつくと、腰を落ち着かせた。
「そうか……それでも予定していた人物には届くんだろう?」
担ぎ人の想像より、はるかに穏やかな声だった。意外に怒られないかもと、担ぎ人は王の顔色を伺いつつ頭を上げ、懸念事項を伝える。
「確実に引き渡せてはいないので、不安が残ります。なにしろ急なことでしたので、向こうの時止め人が取りに行くより早く、地球人に見られてしまうという可能性も、万に1つはございます。一応竹を光らせて、通知を送ったのですが」
「ああ、そうか」
王は、口をつぐみ考え込むように押し黙る。その沈黙が担ぎ人の心拍数をどんどん上げていく。
「……ま、問題ないんじゃないか? 姫が確実に地球に行ったってだけで、私としては十分満足だよ」
沈黙の後、あっけらかんと言い放った王に、担ぎ人は安堵の息をついた。
「仮に君の言う万一のことが、起きたとしてもだ。それはそれでおもしろいじゃないか」
しかし、ニコニコと続ける王の言葉には流石に、担ぎ人は首がもげるほど激しく横振りする。
「とんでもない。地球人のような者に、姫様の身を預けることなどいけません」
「いいの、いいの。あの子自身が知りたがってたんだし。地球人が如何なる者か、見極めるいい機会になるだろう。そんなことより、本当に姫、行っちゃったんだよねぇ……」
途端にしみじみとした物言いになった王に、「まさか寂しいから連れ戻せ」なんて言われたら、どうしようかと身構える担ぎ人。姫の輸送を担当した人員は、自分以外は未だ酔いが収まらず寝込んでいる。
「……どうしよう。寂しさより、心の穏やかさから来る喜びが完全に上回っちゃってる。これから若君とか姫の供回りとかに話をつける面倒な仕事があるのに、なぜかとっても前向き」
淡々と話しているようで、高揚感が語調に溢れている王は、ニコニコ顔を通り越え、もはやニタニタしている。そんな王からは、きっと今回は処分は下らないはずだ。そう考えた担ぎ人は、王に表情を合わせ、口角を上げると立ち上がり、一礼する。
「ではまた、姫様のお迎えの際にお申し付けください。姫様なら自力で帰ってきそうな気もしますが」
そう言って、部屋を後にしようとしたその時、王の「うわー!」という大声が、辺りに響き渡る。その声に十分驚いた担ぎ人だったが、王の叫び声に何事かと、家臣団がいく人も現れたことにも身がすくむほど驚いた。
「今ゾクって来た! 恐ろしいこと言わないでよ! え、大丈夫だよね? しばらくは何も思い出せないはずだし、そもそも思い出すものがあるかも怪しいとこだし、ちゃんとこっちのタイミングで迎えを出せるよね……?」
すっかり心の穏やかさがなくなった王は、心配そうに早口でまくし立てる。
「余計なことを言ってしまった」と、担ぎ人は十分痛感していたが、周りの家臣団に思いっきり睨まれて、もはや生きた心地がしなかった。
「ダメだ、こんなこと考えてても仕方がない。今はこの平穏な時を存分に味わおう!」
流石に姫の父親とだけあって、気持ちの切り替えが早い王だったが、それでもまたすぐに「あー」とうめき声を出す。
「ダメだ、やっぱり心配だ。向こうの時止め人に、姫の様子は逐一記録するよう言っといて」
担ぎ人は、自分に向けて王が指示を出したのをいいことに、すぐさま「承りました」と頭を下げ、目が見えにくいのかという形相で睨みつけてくる家臣団のいる部屋から撤退した。
こうして月の姫は、日本のとある竹林の1本の竹の中に、何の記憶も持たず、小さくなった姿で、ぐっすりと眠っていましたとさ。
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