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かぐや姫は地球に行きたい 2-12

 戸棚に作り置きしておいた佃煮のところまで走っていき、ひと口つまんだかぐや姫は確信する。

「この味、間違いない」

 その佃煮は、かぐや姫がやたらと気に入っていた苦い薬草で作ったもの。大量に作ったものの、おじいさんとおばあさんは食べないものだから、余っていたのである。

「父上、母上、大変です!」

 器ごと佃煮を持って、寝所にいるおじいさんとおばあさんの元に駆け込み、2人を揺り起こす。

「ちょっと……。一体、何事ですか」

 目を擦りながら身を起こしたのはおばあさんだけだったが、かぐや姫は嬉々として伝える。

「この薬草、記憶の回復または記憶力向上、脳を活性化させ、情報伝達を助ける成分が含まれているんですよ!」

 まだ眠いおばあさんは、かぐや姫が口元に近づけてくる佃煮を避けるので精一杯である。

「ちょっと……何言ってるか……。それよりまだ夜中でしょう。何時だと思ってるんですか」
「草木も眠る丑三つ時!」
「だったらあなたも寝なさいよ」
「だって、母上、大変なんです。私、月から来たんですよ? 私、実は月の姫なんです!」

 カミングアウトでもするかのような真剣な顔のかぐや姫に引き換え、おばあさんは「何言ってんだか」と呆れ顔。

「知ってますよ。あなたの名付け親が、そう言ってたじゃないですか」
「名付け親……ああっ! あの人、画家じゃないの!?」

 また1つ記憶が繋がったかぐや姫の大きな声に、耳がキンっとなったおばあさんが、不機嫌さいっぱいに「うるさい」と言い放つ。おばあさんとしては、凄んだつもりはなかったが、かぐや姫は途端に静かになった。

「……とすると、母上は忍び……いや、まだこの時代にはそう呼ばれていないか。ともかく、朝廷が各地に送り込んだ間者ということですか。母上の身軽さからするに、軽業師など全国巡業してもおかしくない芸人となって、各地を監視。朝廷に報告し、始末までも請け負っていたと」

 静かになったかぐや姫は、おばあさんの顔をまじまじと見ながら、ぼそぼそと呟き始める。ぼそぼそと自分の正体が呟かれ続けていることに、おばあさんは動揺を隠せない。

「あなた、どうしてそれを」
「地球の本の中でも、忍者ものは気に入ってまして。まさか元祖くノ一に巡り会えるとは、思いもよりませんでしたが」

 答えにはなっていない気がするかぐや姫のその言葉に、おばあさんはこれまでで初めて、かぐや姫を遠い存在に感じた。

「あなた、かぐや姫のようでいて、そうじゃないのね。あなたの名前……ニャリョ……なんだったかしら」

 おじいさんが聞き間違えて「なよ竹のかぐや」としたその名前、覚えきれなかったその名を聞けば、かぐや姫はニコリと微笑む。

「ニャ・リョォルダァ・ケノンカ・グゥ・リヤ……まあ、姫としか呼ばれておらず、自分の名前も今の今まで忘れてましたが、しいて名を呼ぶなら、リル……でしょうかね」
「そう、リル。愛らしいあなたに良く似合う名ね」

 「ありがとうございます」と微笑むかぐや姫は、天女のような優しげな笑みを浮かべ、もう自分たちのかぐや姫ではないことを悟る。そのことがおばあさんの心をざわつかせた。

「はぁ……。寝れなくなっちゃったじゃない」

 ため息をついたおばあさんの視線の先は、寝息を立てて眠り込んでいるおじいさん。かぐや姫も視線を追いかけ、感心して言う。

「これだけ騒いでも父上はぐっすりですね」
「それがこの人の唯一の良いところかしらねぇ」
「ああ、いつでも始末できると?」

 冗談めかしてかぐや姫が聞けば、おばあさんは「そうそう」と同意し、2人は同時に声を上げて笑う。

「じゃあ、眠れる薬をお持ちします。多分その辺のものですぐ作れますから」

 豊富な薬の知識を思い出したかぐや姫はそう提案すると、寝所を後にして、月の明かりを頼りに乾燥させておいた薬草をいくつか集めていく。すぐに調薬に取り掛かり、あっという間におばあさんの元に薬湯が運ばれた。

「飲みやすく作ったつもりですが」
「ありがとう」

 ひと口飲んだおばあさんは「うん、上手ね」と、呟くと薬湯を飲み干す。その次の瞬間、茶碗はコトリと音を立ておばあさんの手から滑り落ちた。崩れるように眠るおばあさんの体をとっさに支え、かぐや姫は布団に寝かせた。
 よく眠る――というより気絶したおばあさんを見つめ、そういえば自分も睡眠薬を飲んで地球に来たことを思い出す。

「あ、録音機! 私、カゴに乗り込んでから寝落ちる前に録音機仕込んだわよね? え、どこにあるんだろ」

 気になって居ても立っても居られなくなったかぐや姫は、おばあさんを「母上、母上!」と呼びかけながら揺するも、当然の如く起きる気配はない。

「仕方ないわね」

 かぐや姫は走って再び寝所を後にすると、その辺にあるもので気付け薬を作っておばあさんに嗅がせた。おばあさんはがばりと身を起こし、大きく肩で息をする。

「ね、母上、母上。私に初めて会った頃、手に何か持ってたりしませんでした? このくらいの黒い四角で……」

 指で形を作って見せるかぐや姫には構わず、おばあさんは転がっている茶碗や、かぐや姫の手元にある気付け薬を見て起きたことを悟る。

「……何さらしてくれてるの」
「ねぇ、母上、聞いてます?」

 無邪気に聞いてくるかぐや姫に、これまでで初めての怒りが芽生えるおばあさん。おじいさん直系のかぐや姫もなかなかだったが、このリルとかいう姫はそれ以上だ。そう確信したおばあさんは何も言わずに、かぐや姫の首に手を回し、手刀を叩き込んで強制終了させた。

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