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かぐや姫は地球に行きたい 2-10

 帝のかぐや姫ご所望宣言に、「はは、無理」と、乾いた笑いと共に拒否するかぐや姫、「それはなりません」と、いつもタイミング良く突然に出現する竹林所有者兼名付け親の元月の男、「わしに用はないんかい」と、めそめそ泣くお尋ね者のおじいさん。
 かぐや姫を力づくで連れていこうとする帝の従者たちも、わらわら家に入ってきて、面倒なことになりそうな今後の展開に、おばあさんはせめて家が無事であれと願わずにはいられなかった。

「私を連れて行きたくば、捕まえてご覧なさい」

 不敵に笑うかぐや姫の言葉で、戦いの火蓋が切られた。おばあさんの予想通り始まった、狭い家での追いかけっこ。ドッタンバッタン、ギシギシミシミシ、家は揺れる、揺れる。
 瞬間移動を駆使して、捕まる寸前で影のように身を交わすかぐや姫、諦めることなくしつこく手を伸ばす帝と従者、「わしは捕まえんでええんかーい」と従者にしがみつくおじいさん。元月の男は従者の妨害をしたいのに、わめくおじいさんが邪魔すぎて何もできていない。
 この状況にどこをどうしたものかと、おばあさんは迷ったが、かぐや姫が捕まることは万に一つもないはずと、ひとまずおじいさんと元月の男を回収することにした。さくっと首根っこを掴み、自分の横に引きずり座らせると、大きめに作っておいた揚げ菓子を2人の口に突っ込み、口の水分を奪って文句を言わせない。

 家具が倒れ、床に穴が開き、ドタバタ音が次第に小さくなっていく。帝や従者たちが疲れ果てて座り込んだ頃、おばあさんは上等のお茶と菓子をそっと差し出して、平伏した。

「恐れながら、私の家の者たちは誰も捕えられないでしょう。また、この娘もただ顔がいいだけで、お上には似つかわしくない不肖の娘でございます。どうか、このままそっとしていただけないでしょうか」

 躊躇うことなく、おばあさんの差し出すお茶を飲み干し、息を整えた帝は、頭を下げ続けるおばあさんをじっと見つめた。

「……やむなし」

 その寂しそうな帝の目に、かぐや姫はなぜか懐かしさが込み上げてきて、不思議でたまらなかった。

 かぐや姫と文通することを条件に、帝は帰っていった。
 静かになった家で、かぐや姫はおばあさんの顔をじっとりと見つめる。

「帝の覚えめでたき母上って、一体何者なんですか?」
「……おじいさんの書いた文は見つけても、私のはまだでしょう? 教えられませんね。そんなことより、走り回って散らかした所、ちゃんと片付けなさい」

 全く相手にされず、無理に聞き出すことも不可能だと分かっているかぐや姫は「はーい」と、渋々片付けをする振りをしながら、こっそりとおじいさんの元に寄っていく。

「父上は母上のこと、もちろん知ってるんですよね?」
「当たり前だろ? ばあさんの家はな――」

 おじいさんがまだどれだけも言わない内に、おばあさんから「おじいさん!」と一喝が飛んでくる。

「すまんな……わしも命が惜しい。ただ1つ言えるのは、わしが天下一のいい男だってことじゃよ」

 おじいさんは、怖がるように身をすくめながらも、無駄にカッコつけて言い去っていった。

「かぐや姫!」

 今度は自分が呼ばれ、ビクッとしたかぐや姫は反射的に「はい!」と、良い子のお返事をする。

「これからお上と文のやり取りをするのですから、よーく勉学に励みなさいね。あなたのことだから、文も嫌だと突っぱねるかと思っていたけど」
「あー、そうなんですよねー。本当に、何故でしょう」

 気弱な帝の顔を思い出し、かぐや姫は首を傾げる。まるで遠い昔に会ったことがあるような懐かしさを覚えるあの表情。
 もし、かぐや姫がこの時「あんな感じのやわっとした男、他にもいなかったっけ?」と、声に出していれば、おばあさんを恐れて部屋の片付けを手伝っている元月の男が嬉々として「います!」と、教えてくれただろう。しかし、何よりも先におばあさんの正体を知りたいかぐや姫は、すぐに気持ちを切り替えて、おばあさんの文探しに没頭するものだから仕方がない。

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