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かぐや姫は地球に行きたい 3-6

 宇宙空間に姫お手製の宇宙船が放出された途端、凄まじい加速と重力に若君はすぐさま意識を手放した。よって、道中の楽しい会話などは存在しない。一言もない。
 若君は、凄まじい衝突音と全身に響いた衝撃で目を開けた。

「シートの衝撃吸収性に改善の余地ありね。でも籠なんかよりはるかに快適」

 姫はそう言いながら宇宙船の上部の乗り込み口を開け、気持ち良さそうに体を伸ばす。地下空間で暮らす月では感じたことのない太陽の温もりと広がる青々とした空に、若君は驚く。思わず立ち上がろうとすれば、がんじがらめにされたシートベルトが全身を締め付け「ぐえっ」と、声が出た。

「ひ、姫様、これ外れませんか?」

 触ってもびくともしないベルトに、もしや自分はずっとここに拘束されるのかと、慌てて若君が聞けば、姫は無言で若君に近づき、いとも簡単にシートベルトを外す。

「ありがとうございます……」

 礼を言った若君は、恐る恐る立ち上がり、辺りを見回す。重力の差は大きく、体は引っ張られるように重たいが、月とは全く違う色鮮やかな景色に、もっと見たいと動かずにはいられない。なびく髪と全身に当たる爽やかさに、若君は初めて風に吹かれる感覚を味わった。

「記憶があるまま初めて来てたら、私もそんな顔したんでしょうね」

 若君の顔を覗き込んだ姫は、羨ましそうに言う。姫としては、少し前に別れを告げた時と大差ない景色が広がっているので、しみじみとした感慨深さはあれど、衝撃を受けるほどの感動はない。それでも、よく見れば違いがあるかもと、周囲を見渡した時だった。

「姫様……! 若君様……!?」

 遠くで驚きの声をあげたのは元月の宮廷画家で、姫が地球の両親の世話を任せた使い走りの男だった。2人の顔が確かに見える距離まで近づいてくると、伏して挨拶する。

「待ちわびておりました。ただいまお二方もお呼び致します」

 そう言った男が懐からスマホを取りだして連絡する様子に、姫は時代を感じる。

「庭に着くようにしたんだけど、ここには父上たちは住んでいないわけ?」

 姫は若君と宇宙船を降りつつ、ついこの間まで暮らしていた家屋を指さして聞いた。

「今そちらの平安造りの家は国の重要文化財になっていて、観光地として収益を……あ」

 男は宇宙船の着陸の衝撃で、屋根や壁の一部が損壊していることに気づく。そして、その重要文化財にはそぐわない金属質の飛行物体が地面にめり込んでいる様子に、これは観光地としてよろしくない気がすると思ったが何も言えない。

「何よ?」
「まあ、姫様が来られた以上、もう稼ぐ必要はないですね。ささっ、早くお2人の元へ」

 何かを割り切ったような男に案内され、コンクリートできれいに舗装された坂道を登っていく。若君は重力に負けて早々に動けなくなったので、姫が荷物のように抱えて歩く。その道の先に見慣れた人影を捉えた姫。

「母上……」

 思わず足を止めた姫に、おばあさんは道を転がるような速さでやってきて、姫を鬼の形相で睨みつけた。

「遅いっ!」

 その一喝に、懐かしさと嬉しさが込み上げる姫。

「え〜? 私としてはすごく急いだんですよ? 地球の時の感覚でわずかひと月ほどで迎えにきたわけですから」

 不満顔を作って答えつつも、その目は心底楽しそうである。

「こちらの感覚は1300年です!」

 そう怒った声で返すおばあさんの口元も次第に緩み出し、どちらからともなく、しっかりと抱き合う2人(姫の肩にいた若君はどしゃりと地面に捨てられた)。

 こうして、平安初期の地球から時を越えて現代の月に帰った姫は、現代の地球に再び舞い降りた。なぜ時を越えて迎えに行かなかったのかと聞かれれば、出発を急いだためとか、昔に作った宇宙船に時を越える機能がなかったとか、時越えは酔うからとか、尤もらしい理由を姫は答えるだろう。しかし、地面で潰れている若君を介抱しながら2人の感動の再会を眺める元月の男は薄々分かっていた。姫はただ、現代の地球に来たかっただけなのだと。

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