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かぐや姫は地球に行きたい 2-13

 遠くに聞こえる、おばあさんが包丁を使う音とおじいさんが洗濯を干す音。
 朝おなじみのその音に、目を開けて身を起こした姫は、自分が久しぶりにおじいさんとおばあさんの間で寝かされていたことに気づく。布団はまだそのままだが、2人とももういない。
 姫は立ち上がると、両足を交互に持ち上げ足踏みをした。大きく伸びをし、今度は屈伸をする。

「私、地球にいるんだ」

 面白い読み物に溢れ、恋い焦がれた地球に。苦しみの地と呼ばれていた地球に。重力が6倍で筋トレにはうってつけの地球に。

 思い出そうと思ったことはなんでも思い出せる。自由自在に記憶を取り出せる。月にいた頃のことも、地球に来てからのことも。
 だから、昨晩、おばあさんと話していたら急にブラックアウトしたことも覚えている。首をさすりながら、まだ怒っていたらどうしようかと恐る恐る覗いてみれば、朝食を並べているおばあさんと目が合った。

「起きてるなら、早く出てきてくださいね。そろそろ食べますよ」
「あ……はい、おはようございます」
「おはよう。……それ、あなたが竹から出てきた時の」

 おばあさんが指さす先には、パカリと横に開いた3節ほどの青竹があり、その中には姫が昨晩言っていた黒い機器、小槌のようなものなどが入っている。

「えっ……この竹」

 その竹が何か分かる月の者である姫は、衝撃のあまり一度言葉を失った。

「輸送管じゃないですか!? どえらいもの切り出しましたね、父上は!」

 地球と月の物資のやり取りに用いている竹型の輸送管の、地球口部分がすっぱりと切り取られてそこにある。幾世紀も耐えられる素材でできた輸送管の、通常ではありえない状態に、月の者たちはさぞ困惑しただろう。
 「可哀想に」と、呟く姫は楽しそうな笑みを浮かべていて、心から哀れんでいるわけではないのは明らかだった。

「すごいじゃろ、まだあるぞ」

 いつの間にかおじいさんが、物置から持ってきたらしい同じ輸送管の一部分をいくつか抱えて現れる。そういえば以前に自分も、金が詰まったこれを見せてもらったことを思い出す。
 金は恐らく、地球から月に送るためのもの。竹が光っているのは、物品の発送若しくは到着の印。月の輸出入物品を横取りされるにとどまらず、修理しても修理しても切り取られる輸送管に、月の損害額はいかほどだろうと概算する姫は「笑えない」と、言いつつも笑っている。

「明らかに竹と切れ味が違いませんでしたか?」

 おじいさんにそう聞けば、無駄に自信に満ちた「わしに切れないものはない!」という回答が返ってくるので、姫はもはや月側の立場で考えるのはやめ、サムズアップで「いいね」をするしかなかった。

 それから姫は、求めていた小型録音機を手に取る。録音内容が一刻も早く聞きたかったが、おばあさんの「朝食ですよ」という目線が恐ろしかったので、音声を流しながら朝食を取ることにした。

 おじいさんとおばあさんには全く聞き取れなかったが、朝食を取る姫の顔は、どんどん険しく俯いていく。ついには箸を置き、「あのっ、性悪ジジイ」と悪態をついた。
 目の前で、険しい顔でそんな言葉を吐き出されたおじいさんは、ついに反抗期かと思わず箸を取り落とす。その音で顔を上げた姫は、おじいさんが目から涙をこぼし、口からご飯をこぼしてショックを受けているのを見て慌てた。

「父上のことじゃありませんから! 月にいる父上が性悪ジジイなんです!」

 目の前のおじいさんと月の親の両方を、同じように呼ぶものだから、おじいさんには区別がつかず、さらにショックを受けて完全に固まる。その様子に、おばあさんはおじいさんの口の米粒を雑に拭き取りながら姫を窘める。

「家族のこと、そんな言い方するもんじゃありませんよ。月のお父上が聞いたら、この人と同じ反応するでしょう?」
「だって、私に薬を盛ったんですよ、心身ともに初期化する薬。実の親がそんなことします?」

 育ての親が手刀を叩き込みたくなるんだ。実の親なら、そりゃあ薬の1つや2つくらい盛りたくもなるだろう。そう思ったものの、口には出さずご飯とお茶で流し込むおばあさん。おばあさんが同意してくれないことをつまらなく感じた姫は、少し考えてから告発する。

「母上。以前この家が大勢に囲まれてた時、父上が集落中の箸を集めてきて、私に触らせてから、私のお古の箸だと言い張って高値で売ってました」
「…………この、性悪ジジイがっ」

 顔を険しくし、そう悪態をついたおばあさんは、おじいさんに飛びかかる。未だショックから立ち直れずにいたおじいさんだったが、慌てて飛び退き、朝っぱらから賑やかに追いかけっこが始まる。
 何気ないその日常を微笑ましく見つめながら、姫は穏やかに朝食を食べ進め、自分はこれから何をすべきか考えていた。


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