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かぐや姫は地球に行きたい 3-2

 不機嫌な姫と訝しげな王。辺りに漂うピリピリとした空気は、その場で突如始まった作業音で打ち破られる。

「現代日本より、恒例の水の寄贈」

 地球との輸出入を担う係員が送られてくる物品名を叫ぶと同時に、大きくて太いパイプが動き出し、ポンプの運転音が辺りに響き出す。

「ああ、ちょうどいい時期に助かるね。これで水不足は和らぐ……ん?」

 地球からの贈り物に顔を綻ばせた王は、言葉を止めて首を傾げる。定期的な地球からの水の寄贈。これまでずっとあったような気もするが、今回が初めてなような気もする。そう思っているのは王だけではないらしく、水が送られてくる様子を見守る全員がしっくり来ていない顔をしている。その中で唯一、満足気に笑っているのは――。

「姫……もしかして、これはあなたが? 一体何を?」

 問いかける王に勝気な笑みを浮かべる姫。

「日本人の律儀さには関心しますね。正直、8世紀の天皇に子々孫々までの水の支援を願って、今日まで続くかは賭けでしたが……。礼を言わないとね」

 どこか遠く、地球が浮かぶ方角を見つめて優しげな目をする姫は、別れを告げてきた者たちに思いを馳せる。出立ギリギリまで帝と交渉を進めていたが、最終的に取り決められたのは、あの使い走りとなった元宮廷画家の功績だろう。その上、信心深い昔ならともかく、儀式化したとはいえ未だに「かぐや姫」のために密かに水を送り続ける日本の皇室に、あの帝の面影を感じずにはいられない姫は目を細めた。

「全く。あなたのやることは、いつも私の想像を超える。あなたのせいで経済危機が起き、やむを得ずあなたを呼び戻すことになったこと自体、想定外だったのに」

 ため息と共に呟く王の言葉を、褒め言葉と受け取る姫。

「褒美ならいつでも受け付けますよ?」
「……そう言うってことは、何か欲しいものがあるんだね」

 一体何を求められるのかと思わず顔をひきつらせた王だったが、その姫の目に、思いのほか真剣な頼みであることを見てとる。

「……分かったよ。でもあなたが解決したのは、まだほんの一部に過ぎないからね」
「ええ。私が責任をもって、このハイパーインフレから脱却してみせましょう」

 そう宣言した姫は隣にいる若君に目を向ける。

「あなたのおじい様と話がしたいの。取り成してくれるかしら?」
「え、もっ、もちろんです」

 欲しいものがあればどんなことをしてでも手に入れるし、誰かに話があれば気まずさなど一切感じず部屋に呼びつけていた姫とは思えない言動に、慌てふためいてしまう若君。しかし、彼の慌てふためきは、姫の続く言葉にさらに増すことになる。

「それと、私たち結婚しませんか?」

 地球から送られてくる水を汲み上げるポンプの作動音が、やけに大きく響く。真剣な顔の姫と、明らかに面食らって固まっている若君が見つめ合う。

「……もう少し、時と場所をわきまえてほしいな」

 王は咳払いと共に、その場にいた大勢の使用人や作業員の気持ちを代表し意見した。

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