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かぐや姫は地球に行きたい 1-6

 決して、三角関係などではない。
 そんな関係になることは、そもそも許されない。
 ……それでも。

 姫が次の発送にダンボール箱を再利用できるように、ロダは送り状の紙やテープを綺麗に剥がしながら考える。
 部屋の中央では、ようやく絵を描き始めた宮廷画家と、ようやく本を読み始めた姫、その横で何もしていない若君がいる(本来モデル中は何もしないのが正しいだろう)。そして、ロダの近くで姫の本を物色するレオ。

「姫様がどうして、これを覚えておられるかが分からない」

 誰にも聞こえないように独り言ちるロダ。確かに、付き人として若君と行動を共にしているレオの、姫と接する機会は若君とほぼ同程度だろう。幼い頃は、レオが兄のように、若君と姫を世話していたというのは、よく耳にする事実だ。姫にとって、何かしらの利があるからその頭に存在が保たれ続けているのだろうが、覚えているべきは、どちらかといえば許婚の存在の方だ。

 まさか……。まさか……特別に慕っているわけでもあるまいし。

「結婚なんて、何かの罰だと思わない?」

 顔をしかめ、心底嫌そうな顔で言う姫のセリフが、ロダの脳内に再生された。そう、誰であれ、あの姫が人を特別慕うなどありえない。

「婚約者なんて誰でもいいわ」

 とは、まだ言ったことはないが、姫がレオのことを慕っているという事態よりも、そんなことをあっけらかんと言い放つ姫の方が、ロダにはまだ想像が容易かった。

「ねえ、レオも絵に入ったらいいのに」

 ふいに、姫が顔を上げて、レオに向かってそう言った。「なんてこと言い出したの、姫様は」と、ロダが目を丸くしているうちに、レオが「次期キング&クイーンの間に入るなど恐れ多いですよ」と、いたって軽く断る。

 「誰がわざわざ間に入れって言った!? せいぜい脇に立ちやがれ」と、ロダは声には出さないまでも、レオを睨まずにはいられない。早速1冊目を読み終えた姫が手持ち無沙汰のせいで、そんな戯言を言い出したのかと推測したロダは、2、3冊目の本を急いで渡しに行く。その際に、若君の表情を伺い見るが、案の定、分かりやすく寂しそうな顔で姫を見つめている。そして、レオを見れば満更でもない顔。腹の立つ。

 月の王の一人娘である姫と結婚すれば、この月で最も大きな権力と富を手に入れられる。その事実は、周りを蹴落としてでもその地位を手に入れようと、人を動かしてもおかしくはない。ましてや、レオは、若君の付き人として働いてはいるものの、現王の側近で家臣長エイダーの息子だ。王に気に入られ、近くに置かれた人物の、ご子息。その上、姫に名前を覚えられているという原因不明の紛れもない事実。

 一方、許婚の若君は、そんな自分の付き人の様子に気づいた上で黙っている。元々、深すぎる周囲への気遣いから、若君が我を通すことはほとんどない。「若君」と呼ばれてはいても、所詮、自分は親同士が決めた「許婚」に過ぎないことをわきまえているようだった。それでも、今は、姫との結婚を約束されている者として、姫を大切にしていることは、時間を見つけては姫に会いに来て、そのたびの自己紹介を1度も拒まないことから明らかだった。

 年々色濃くなっていく、この3人の不穏さに(不穏なのは全面的にレオの責任だが)気がついているのはロダだけでなく、宮廷画家も先程から、居心地が悪そうな顔で咳払いを繰り返している。

「……姫様は、幼い頃からそのように、いつも本を読まれておいでですよね。一体、今までにどのくらいの数を手に取ってこられたのでしょうね〜」

 どうにかこの空気を変えようとしたのか、画家は唐突につまらない雑談を始めた。


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