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かぐや姫は地球に行きたい 2ー8

 「で、どうして、人が減っていないんですか?」

 鬼の形相で立つおばあさんの下、雷を怖がる子どものように身を縮こまらせたおじいさんが、正座で頭を垂れていた。

「わしと、力比べをしたいとな……指南してくれと言われたり……」
「あなたが目立ってどうするんですか!?」
「ごもっとも……」

 これ以上小さくなりようがないくらい、萎縮するおじいさん。家の外からは「師匠! お目通りを!」などと野太い声が聞こえてくる。
 依然として、この家は大勢の人に取り囲まれ、自由に外に出ることはできなかった。山に入って誰かに追われるスリルを味わいたがっていたかぐや姫はさぞ不満顔と思いきや、奥の一室にこもり、古今東西、手に入る限りの文や日記を読み漁り続けていた。それもこれも、おじいさんとおばあさんの文をなんとしてでも見分け、2人の馴れ初めを聞くためである。

「今に大変なことが起きますからね」

 おばあさんの小言が続く中、一際大きな声が外から響いてきた。

「帝からのご勅命である。失礼つかまつる」

 顔を見合せるおじいさんとおばあさん。2人の顔はいつになく強ばっていた。

「ほら、起きた。早く、あなたはかぐや姫の様子でも見てきてください」

 おばあさんが小声でおじいさんに言うと、常ならば考えられないほど、静かに速やかに立ち上がるおじいさん。が、その時には既にズカズカと上がり込んできた帝の御遣いがそこに立っていた。

「どうぞ、そこの翁もお聞きください」

 生地量の多い上等の装束を着ている遣い人は、おじいさんを一瞥すると、文を広げる。その言いぶりは、あたかもおじいさんが逃げ出すのを知っていたかのようだった。

「この度、帝はこの家に住まわれし、なよ竹のかぐや姫を宮中に迎え入れることと相成りました。つきましては、一両日中に姫を献上せよとのお達しにございます」

 遣い人はそこで文を畳んで、それをおばあさんに手渡しながら言う。

「私としては、今すぐにでも、噂の姫君にお出まし頂いて、問題がなければ共に都に向かっていただきたいのですが、構いませんよね?」
「いや、構うに決まっておろう!」

 遣い人の言葉に食ってかかるおじいさんの横、おばあさんは居心地が悪そうに、床の木目を黙って見つめている。

「何を仰る。帝直々のお声がけなど類まれなこと。お父上であるそなたにとっても、この上ない誉れ」
「それにしたって、いきなり来て連れていくだなんて、人さらいのような真似、許さんからな!」

 もしここに、かぐや姫の生まれた竹の所有者である元月の男がいるならば、「最初にさらってったのは誰じゃい」と、真顔でツッコミを入れたことだろう。しかし、今いるのはその男ではなく、帝の御遣い様。それも明らかに気分を害したような顔をしている。完全に自分たちの分が悪いのを見て取ったおばあさんは、遣い人がもの言う前に、床に手を付き、頭を垂れる。

「あいにく、姫は今、寝る間も食事する間も惜しみ、読本に勤しんでおります。たとえ誰であっても、部屋から引っ張り出すことはできますまい。私が折を見て伝えさせていただきますので、今日のところはお引き取り願えませんでしょうか」

 おばあさんの懇願に大袈裟にため息をついた遣い人は、たっぷりと間を取り、無駄に口角を上げて言った。

「ならば、この翁を連れていくまでだが」

 顔を上げたおばあさんは唇を噛んで、遣い人を睨むが、横のおじいさんが「こりゃあかん。完全にバレちまっとるな。ばあさん、わしのことは構わんでいい」などと、小声にしてはカッコつけた声で、やいのやいの言い続けるので、睨む先を変える。しかも、おじいさんがそのセリフをただ言いたいだけで、「構わんでいい」なんてこれっぽっちも思っていないと見て取れるのが、一層腹立たしく、また可笑しくなる。
 仕方ない。とりあえず目の前の遣い人は実力行使で片付けようと、おばあさんが決意したその時、遣い人の後ろから気品のある声が流れてきた。

「待て待て、穏やかに済ませようぞ」

 上等の衣擦れの音と共に顔を見せたのは、時の帝まさにその人。

「お上! 何故ここまで!?」

 大急ぎで身をかがめる遣い人。おじいさんもおばあさんも、帝の登場には腰が抜けるほど驚きつつ、どうにか伏して頭を下げる。

「なに、もののついでじゃ」

 答えになっていない答えを返しつつ、おばあさんを見て帝は嬉しそうに目を細めた。

「久しいのう。息災で何よりだが……ちと、目立ちすぎたの」

 自分に声をかけられていると分かってはいても、おばあさんは、顔を上げられず、言葉も返せない。自分たちの馴れ初めに繋がるこの状況、もしこの場にかぐや姫がいたら、帝の胸ぐらを掴んででも聞き出しにかかりそうだった。「決して中を覗かないでください、気が散るので」と、どこかの鶴のように奥に立てこもってくれていて本当に良かったと、おばあさんは伏しつつも一つ、安堵の息を漏らした。

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