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かぐや姫は地球に行きたい 1-9

 薬草園の係の者と話し終えた姫は、非常に頭を悩ませていた。
 振り返ったら自分のすぐ近くにいた若者が、誰なのかさっぱり分からない。服装的に薬草園の人間でも、使用人でもないことは明らかだし、これほど近くにいるのだから、自分と一緒にここに来たということも推測できた。
 でも、誰だったか思い出せない。もう少し人の顔と名前が覚えられないものかと、この時ばかりは姫も悩んだが、数秒後には「まあいいか」と開き直る。

「あなた、誰?」

 悪びれもせずそう聞けば、目の前の若者は少し微笑んで、左右に薬草の生い茂る中、片膝をついた。

「姫様の許婚を仰せつかっている者です」
「許婚……って私、婚約者いるの? 結婚するの!?」
「ええ。状況が許せばの話ですが」
「うそ……結婚なんて何かの罰だわ」

 もしこの場にロダがいれば、すかさずフォローの言葉が飛んできただろう。だが、この場にロダはいないので、若君は姫の言葉をネガティブ十割増しで受け取ってしまう。
 若君は思った。姫は自分との結婚を、罰だと感じているのではないかと。「あなたと結婚なんて、何かの罰だわ」と、言ったのではないかと。姫が自分とは結婚したくないのは、それは、他にーー。

「あの、姫様は……」
「何?」
「いや、その……あの…………すみません。なんでもないです」

 「他に婚約したい人がいるのか」とは、若君には一生かかっても聞けそうになかった。そして、それが誰かなんてことは尚更。

「なんなの? 思っていることははっきり言いなさい? 自分の意志を抑え込むことほど苦しいことはないわ」

 イラつくように言う姫に、若君は何度か目を瞬かせる。それから、どこか腑に落ちたようなさっぱりとした顔で微笑んだ。

「申し訳ないですが、言えません。言わないというのが、今の僕の意志になったので」
「……そう」

 若君の言葉に、わずかに訝しげな顔をした姫だったが「まあどうでもいいか」と、思いを切り替えるその素早さはまさに宇宙一。己の興味と利になることだけに、すぐさま焦点を合わせる。

「じゃあ、自称婚約者。付いてきなさい」

 そう声をかけるや否や、姫は歩き出し、薬草園を後にする。

「え、どちらへ?」
「図書室よ。ちょっと気になって。見直したいものがあるの」

 一度読んだ本は全て覚えている姫が、見直したいほど気になることとは一体。それも気になるが、一人で集中して読書したいはずの姫が、自分を伴っている理由の方が気になりすぎる若君。姫の方が誘ってくれたことに、浮かれながら「どうして私も?」なんて、聞いてみれば、その理由は全く甘くなかった。

「宮廷図書室に私の顔認証で入ると、お目付け役が飛んできて鬱陶しいことこの上ないの」

 チラリとも振り返らず、足早に先を歩きながら答える姫に「顔認証が目当てかー」と、若君は口に出さないまでも「ですよねー」顔になってしまった。「ですよねー」顔になったついでに、何を調べに行くのかも聞いてみれば、ようやく姫は足を止め、若君をゆっくりと振り返った。

「トキトメビトよ」

 若君が思わず息を飲んだのは、その言葉のせいか。それとも純度百パーセントの悪い顔した姫のせいか。

 とっさにレオに連絡を取ろうとした若君の手を、姫は素早く封じ込め、腕を絡ませるように手を繋ぐ。一瞬にして、両手の自由が奪われた若君。逃がすものかという姫の決意が、繋がれた……というより掴まれた手の力強さから伝わってくる。「助けて」と、叫びかけた声は、姫の鋭い目に怯えて喉から出てこない。

 婚約した2人が腕を組み、宮廷を歩いていく。

 しかし、そこにロマンチックさなどは欠片もなく、若君からすれば、手枷をはめられて牢へ向かう、囚人になったような気分だった。

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