かぐや姫は地球に行きたい 1-18
使用人の手の上で高速回転する地球儀。それを狙って、王は真剣な目をしてダーツの矢を構える。
「ここに決〜めた」
ある1点にダーツが刺さった地球儀を、使用人はそのまま籠の担ぎ人の元へ運ぶ。その横、続いてスロットマシンの前に座った王は4桁の高速回転する数字を、順にボタンを押して止めていった。
「おおっ、結構昔になっちゃった。じゃあ、時代はこれでよろしく」
「はい、その付近で暮らす時止め人に、姫様の御身を引渡し――」
王に声をかけられた担ぎ人は、そう了承している途中で、表示されている数字を見たのか、一度言葉を詰まらせた。
「1000年以上の時越えですか……」
姫を送り込む西暦年を表示しているパネルの、一番左の桁は「0」で止まっていた。王は、顔をひきつらせる担ぎ人には目もくれず、姫が乗っているはずの籠を見つめて不審がる。
「おかしい……今のを聞いたら、この子は叫ばずにはいられないはずなのに。時越えって、特に酔うんでしょ?」
後半は担ぎ人に対して王が尋ねれば、担ぎ人は深く何度も頷く。
「ええ、私たちでも酔い止めを用意します」
「だよね。……ちゃんと中にいるよね?」
姫を籠へ収容した使用人たちの方へ、王が顔を向ければ、その使用人たちもまた、深く何度も頷く。王は首を傾げつつ、籠の上部に付いている採光用の細窓のロックを外し、恐る恐る中をのぞき込んだ。
「あーーーっ!」
大きく叫んだ王は、急いで戸のロックを外しにかかる。中の様子が分からずとも、使用人たちは、すかさず防獣ネットを用意し、籠の周囲に張り巡らした。
「行き先決めの時も、19世紀ロンドンとか、21世紀鳥取とか、とやかく注文言ってこなかったから、おかしいと思ったよ!」
そう叫びながら戸を開けた王が目にしたのは、スヤスヤと穏やかな顔で寝息を立てている姫。念のため、王はしゃがみこんで姫の首筋に手を伸ばし、呼吸と脈を確認するものの、まさに熟睡状態といったところだった。そのまま首を絞めてやろうか……なんて、思わなかったと言えば嘘になるが、そこは実の娘。
「あーあ、やられたよ。これじゃあ罰の意味がない。全く、髪の中にもこんなに仕込んでいたとはね」
ため息と共に、解かれた姫の髪に引っかかっている品々を、王はつまみ取っていく。そんな様子に担ぎ人は、酔い止めを服薬寸前で止めて聞いた。
「ご出発は延期でしょうか?」
「いや、待てない。急がないと、この処分を知った若君がついて行きかねないからね。彼はなかなかの頑固者で困るよ」
立ち上がり、首を横に振りながら答える王は「困るよ」とは言いつつも、なんとなく若君への優しさが滲んでいると、酔い止めをポリポリ噛み砕く担ぎ人は思った。
「ただ、腹立たしいことこの上ないから、一服盛ってやろうかね」
優しさの滲んだ顔はどこへやら、目に暗い光を灯した王は、自身の懐をゴソゴソと探ると、ピルケースを取り出す。そこから、お菓子のようなカラフルなコーティングのかかった小さなカプセルをつまみ、姫の口へ押し込んだ。
「口腔内崩壊錠にしておいてよかった。この薬を飲むとね、体が縮むんだ。そして、ただでさえ欠落したあなたの記憶は、1度完全に忘れ去られる。あなたが大きくなるごとに、少しずつ月での記憶を取り戻していくって仕組みさ。ま、あなたのことだから、何も思い出さないかもしれないけどね」
あっさりと姫に薬を盛る王に、「この親にしてこの子あり」という言葉の正確さを実感していた担ぎ人だったが、それよりも明らかに王が、眠る姫に向かって話しかけていることの方が気になった。
「……失礼ながら、姫様は眠っていても声が聞こえるのですか?」
そう聞けば、王は「まさか」と、乾いた笑い声を出す。
「この子ならできそうな気もするけど、本当に眠りながら話が聞けるなら、こんなもの仕込むはずないだろう?」
王は、固く握られた姫の手のひらをやすやすと開くと、そこから小さな四角い機器を取り出した。
「この子お手製の録音機さ。没収してもいいんだけどね、どうせ記憶のない間は使い方も分からないだろうから、大目に見てやる。それに、隠し物がバレた上に、情けをかけられたって知ったら、さぞ悔しいだろうからね」
王はそれはそれは悪い顔をして、録音機を指でつまみ上げる。姫の配下の使用人にその顔を見せれば、きっと「この親にしてこの子あり」という感想を漏らすだろう。録音機をかざすようにしばらく眺めていた王は、ニヤリと笑って録音機能を停止させた。
「じゃあこれと、ついでにこれも、地球の者に渡しといてくれ。無理に使わなくていいからと」
そう言いながら、王は担ぎ人に小型録音機と、懐から出てきた小槌型の機器を渡す。
「さあ、9世紀、日本の京に向かって出発だ!」
籠の戸のロックをかけた王は、それはそれは清々しげな顔をして、元気よく拳を振り上げ、娘を見送った。
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