不幸からでもまなびとる
原因不明の腰が痛くなって、今まで当たり前にできたことができなくなりました。その関係で、おやすみをさせていただくことがちらほら出て、気づかされたことがあります。
自分の中に「〜ねば」がまだたくさん残っていた。
「しっかりやらねば」「休まず動かなきゃ」「痛みはなくさなきゃ」
けれど、そうした駆り立てるものを持ってしても、痛みをなくすことはできません。だから、やむなく欠席の連絡を入れたりすると、別になにも起こりませんでした。
世界はなにも変わらず動いていた。
じゃあ、僕は別にちゃんとしていなくてもいいんだ。
それが腑に落ちました。
頭ではもわかっているつもりなのは、結局全然わかっていない。体験してみないとわからない。
でも、真実だと思い込んでいるものは、いちいち体験しようとしないので避けてしまいます。だからこそ思わぬ出来事はありがたい。
それがたとえ不幸に思えることだとしても、そこから学べることはある。だから全てに感謝しなさいと言われるのかもしれませんね。
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