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行為と思いを一致させる

 人の心が動き、揺さぶられる時には五感や身体性がとても重要だ。子どもを見ているとよくわかる。

 嬉しい時は飛び上がって喜び、気に入らない時は手足を振り乱して泣き叫ぶ。感情を身体全体で表している。ただ、年齢と経験を重ね、抽象的な思考と社会性を身につけると、身体をコントロールして抑えつけるようになる。

 ショッピングモールの床に寝転がって駄々をこねる大人はまずいない。

 ただ、そうやって自分を制御することが当たり前になると、だんだん自分がなにを感じているのかがわからなくなってしまう。リモートワークやオンライン〇〇が一気に普及してから、その手の話を何度か耳にするようになった。

 なぜかなと考えてみたら、行為と感覚が一致しなくなっているからじゃないかと思った。

 以前、オンラインで話した相手に「楽しかったです。ありがとうございました」とメッセージを送った。その気持ちには偽りはないのに、メッセージを送った後、暗くなった画面に反射した自分が真顔だった。

 楽しかったという感情はあるのに、それを相手に伝える行為としては指でタイピングするだけなのだ。身体と思いがチグハグになっている。

 もし目の前に相手がいれば、表情筋はリラックスして、口角を上げてそれを語っていたはずだ。

 自分も相手も身体性がなかったり、薄い状況でコミュニケーションをとったりしていると、感覚は薄まっていく。仮想世界が今後定着していけば、心と身体はどんどん乖離して、溝は深まっていくのではないだろうか。

 だから、感覚と行為を一致させる仕組みが必要で、どうしたらそれが成せるのかを考えている。

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