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架空想日記  5日目

 俺はコーヒーとジャズは雰囲気を味わうものだと思っている。もちろん楽しむためにはいい楽器や食器。そしてうまさがいる。だからこそ調和が取れていて、組み合わせがとても心地良いのだと思う。

 今日はそういう気分になった。

 雨の日、傘の下で私はコーヒーが飲みたくなった。あたりは暗くなりだし、通行人達は足早に帰路につく。そんな時間。現代人は疲れている。そう語る人も多くはない。俺もそれには賛成だ。だから俺はゆっくりと歩く。ゆっくりと息をする。舞台の上にいるように優雅に生きることを心がけている。

 さて、そんな私が今日向かった先は初めて入る喫茶店。行き慣れたところも良かったが、今日は少しばかり旅をしてみたかった。なぜだろうか。そういう気分だったとしか言えない。

 普段とは違う道、違う景色。見知らぬすれ違う人達。それらが良い思い出となるかはオチで決まる。オチが不味ければそれは失敗の思い出となり苦くなり、上手ければ甘く印象強い思い出となる。

 営業中の看板を確認する。大通りから外れた喫茶店。普段とは違うところに来ることはギャンブルだ。いいという確信はない。だが見た目の雰囲気は悪くない。深緑のドアに小さな木製のOPENの文字。外観から伺える落ち着いた色合いの店内。

 ふむ、悪くないと足を止めていればドアが開く。チリンチリンと軽い鈴の音が響く。店内からはスーツ姿のサラリーマンと思われる男が出てくる。40代くらいだが背筋が伸びて若さすら感じる。顔つきは渋く、これまでの人生を語っていた。しかし、その表情は満足気に満ちていた。じっと見ていたせいか相手もこちらに気づき軽く会釈をした。そのままさっそうと夕暮れの街中へと消えていった。

 更に期待が高まり、店内へ。

 そこは、「これだよ、これ!」と言いたくなるようなところだった。少しの音量で流れるジャズ。コーヒーカップが軽くソーサーを叩く音。コーヒ豆とほんのり甘い砂糖の香り。数人の客達も決して店の雰囲気を壊さないように小声で語る。

 お店の雰囲気を、みなで作っている。これを当たりと考えずにどこに当たりの店があるというのか。

 カウンターの席に座りコーヒーを頼む。マスターの丁寧で無駄がなく、しかし慌てることのないゆったりとした動きで、珈琲が出来上がる。そして、出されたコーヒーは見た目は完璧。カップを持ち香りを楽しむ。完璧だった。そして一口、口に入れる。苦味や酸味、甘みにコク、全てが均等に調和しており完璧だった。おそらく豆はブルーマウンテンだ。

 

 店の雰囲気、客の質の高さ、マスターの腕前。どれをとっても文句なし。良いところだった。今日はあの店にたどり着いたことで全てが良い思い出の1日だった。


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