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強迫観念が奇行を生み出していたあの頃

小学生の頃、外出する前に必ず行う「あるルーティン」があった。

そのルーティンは誰にも見られたことはなく、
誰にも話したことはなかったが、
はたから見れば奇行であったに違いない。
自分の行いが、どこか異常であったことをうすうす感じていたと思う。

母親はまじめな性格だったので、私の奇行を目撃していたのなら、誰かに相談するか、真剣に対応を考えていたことだろう。

では、問題の奇行、いや、「あるルーティン」とは何か。
それは、

「目覚まし時計のアラームがオフになっているか確認する」

という作業である。

それだけ聞くと、そのルーティンに異常性があるとは思えない。
しかし、これには私があみだした方法があって、
誰にも真似できない、誰にも真似されることもない、
唯一無二のルーティンだったのである。

当時愛用していた、目覚まし時計のペンギンちゃん。
いつも最高の朝を私に知らせてくれた。

ペンギンちゃんはピンクの帽子をかぶっている。
アラームがなると帽子が上にもちあがり、
上から優しくタッチしてあげるとアラームが止まるという、どこにでもあるアナログ式の目覚まし時計だ。
帽子が深くかぶった状態であれば、アラームはオフなのである。

私は外出する前になると、

「外出中に帽子がもちあがるのではないか」、
「アラームが永遠に鳴り続けるのではないか」

という不安にいつも襲われていた。

そしてさらに、

「アラームが鳴り続け、ペンギンちゃんが爆発してしまうのではないか」

というさらなる強迫観念が私を襲っていた。
ぺんぎんちゃんを救うため、私は爆弾処理班のごとく、
厳重に確認作業を行わなければならなかったのだ。

そもそも大多数の人は、
「目覚まし時計のアラームがオフの状態になっているか」
など、いちいち確認すらしないだろう。

仮に、それを確認したとしても、アラームのスイッチがオフになっているのを目視して、数秒で終わるはずだ。

私はそれを厳重に息を殺して行っていたので、短くても3分、長くて5分かけることもあった。
目覚まし時計がオフになっているかどうか、の確認のためだけにそれだけの時間を費やしていたのだ。

調子が悪いときは、いったん玄関の鍵を閉めた後も、
「気を抜いて作業をしてしまったかもしれない」という不安に駆られ、もう一度ペンギンちゃんのもとへ駆け寄り、
一から確認作業をやり直すこともあった。

外で待たされている家族としては、なにか忘れ物を取りに戻ったのだろう、ぐらいにしか思っていなかっただろう。

まさか目覚まし時計の状態をいちいち確認するために戻っていたとは、想像もしていなかったはずだ。

では一体どんな方法で確認作業を行っていたかだ。

まず、ペンギンちゃんが帽子をしっかりとかぶっているかを目で確認する。

そして左手でペンギンちゃんの胴体を支え、
右手の手のひらを帽子の上にのせ、
手のひら全ての感覚に意識を集中させる。

そして、帽子をかぶっていることを深く手のひらで感じ、
10秒声に出してカウントする。

これが一連の流れだ。
これを納得するまで、ひたすら繰り返すのである。

確認作業が継続されるのか、終了されるのかは
私が納得するかどうかで決まる。

これを外出するたびに行っていたのだ。

私がペンギンちゃんの帽子を手のひらで触って10秒カウントしている間、家族は外で待ってくれていたのだ。

このルーティンを抜け目なく行っていた甲斐もあり、
ぺんぎんちゃんが爆発したことは一度もない。

あの頃のルーティンがあったからこそ、
今日も平和な日々を迎えられている。

あの強迫観念に襲われていた日々は、いつしか平静なメンタルを取り戻し、奇行はなくなっていった。

しかし、
違う方向へとゆるやかに人格が変異していったことは、間違いないだろう。


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