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父親の爪にマニキュアを塗った日

小学生の頃、母親のドレッサーに興味が湧き、
どんな化粧品やアクセサリーが入っているのか、
あさる日々を過ごしていた。

口紅を使ってみたり、ゴールドのアクセサリーやパールのネックレスを身につけて、一人で遊ぶ時間がすごく楽しかった。
当時のアイドル「Wink」を意識して、一人でなりきり、
ベッドの上で歌って踊ったりもしていた。

というのも、母親の車の中には「Wink」のカセットテープがあり、よくテープを手にとって、ジャケット写真を眺めていたため、私も「Wink」のようになりたいと思っていたのかもしれない。
かわいい2人がとても印象的だった。

ある時、母親の爪がピンクのマニキュアで塗られているのに気づいた。
すぐさま、ドレッサーの中をあさり、マニキュアを見つけた。
母親の目を盗み、早速自分の爪にぬってみることにした。

一つ一つの爪にマニキュアがコーティングされていく。
その感覚がとても気持ちよかった。
爪に塗るという行為がこんなに楽しいなんて。
すべての爪に塗った後は、「かわいい」とか「きれい」とかそういった感情はなく、どちらかというと、
一つの作品を完成させたという達成感と満足感があった。

マニキュアを塗る行為に快感を覚えてしまった以上、
自分の爪だけでは満足できなくなっていた。
他人の爪に塗りたいという欲が私の脳内を支配していた。

誰の爪にしようかと考え、ふと父親の爪に視線を向けた。

父親の爪はとても面積が大きかった。私の3倍くらいはあっただろうか。
塗りがいがあるとすぐに想像でき、興奮して鼻息が荒くなっていた。
ターゲットはすぐに決定した。

「お父さん、足の爪にマニキュア塗っもていい?」と、
単刀直入に交渉してみた。

即答で断られた。

すぐに落とせる除光液があることを、強く説明したが、
色がピンク色ということもあってか、強い拒否を示された。

その場ではあきらめたものの、絶対に塗ってやるという
揺るがない気持ちがあった。

しかしながら、何度か交渉を繰り返したものの、やはり断られ、半ばあきらめて日々を過ごしていた。

ある時、仕事が休みで昼寝をしている父親のそばで私はゴロゴロしていた。
ふと目をやると、無防備にさらされた両足がそこにあるではないか。

「なぜ山に登るのですか?」

「そこに山があるからです。」

「なぜマニキュアを塗るのですか?」

「そこに大きな爪があるからです。」

といったところだろうか。

今が最高のチャンスだった。
急いでマニキュアをドレッサーから持ち出し、
静かに父親の足元へ移動した。
ついに、ネイルを施術する時がやってきたのだ。

一番塗りたかった親指の爪からとりかかることにした。
スヤスヤといびきをかいて寝ている父親。
まったく気づく気配はない。

気づかれてひどく怒られることも予想されたが、
それよりも塗りたいという欲がはるかに勝っていた。

ひと塗りひと塗りがとても快感だった。
自分の小さな爪ではなく、何倍もある大きな爪なのだから。
大きなキャンパスに自由に絵を描いている感覚とは
こういう感覚にちがいない。

図太く指毛が生えていて、その先にあるのは、
かわいいピンク色であしらわれた爪たちが滑稽に並んでいた。
その滑稽さに笑いがこみあげてきそうになり、必死で笑いをこらえた。

無事、気づかれることなく両足すべての爪に塗ることができた。

一つの作品が仕上がり、満足感と達成感で満たされていた。
私にとって大作が生まれた瞬間だった。

余韻にひたるため、父親の両足を眺めながら
その場に居座っていた。
父親は大きないびきをかいて寝ている。

寝ている父親のそばを離れ、父親が目が覚めたあとも
何食わぬ顔で爪のことは触れずに過ごしていた。

驚くべきことに、その日父親は、足の爪にマニキュアが施されていることに全く気づくことはなかったのだ。
そして、翌日そのまま仕事へと出かけていった。

学校から帰宅したあとも、私はすっかり父親の爪のことは忘れていた。

父親が仕事から帰ってきた。
その瞬間、マニキュアのことを思い出した。
いい加減気づいたかなと思った矢先、

「塗ったな!」

とヘラヘラしながら父親が言ってきた。

思いのほか、怒っている様子はなかったので、ほっとした。
安心感と笑いが同時にこみあげてきた。
私もヘラヘラとした態度で笑ってごまかした。

話を聞くと、本人が自分で気づいたのではないらしかった。

「松本さん...爪...」

と職場の人に指摘されて気づいたらしい。
しかも女性に。

両足ピンク色にあしらわれた父親に驚いたことだろう。
「松本さん、そんな趣味があったのですか・・・」
「どういう心理状態で仕事をしているのですか・・・」
なんて思われたのだろうか。
父親はなんと返答したのだろう。
その場の空気はどんな空気が流れていたのだろう。

気になることがありすぎて夜も眠れなかった。

私の「快感スイッチ」はマニキュアを塗ることにあったとは・・・。

そして、これから「快楽スイッチ」が増えていくことになろうとは、まだ知る由もなかったのである。

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