1杯目。はじまり

「お嬢ちゃん、ここでなにやってるの?」

「珈琲を淹れています。」

「お店?」

「そうともいうし、そうじゃないとも言えます。」

今日は晴れていた。
とても気持ちの良い日差しだったので、外で珈琲を淹れようと思ったのだ。
”珈琲を外で淹れたい”これはかねてからの願望だった。
かねてと言うのがいつなのか、それはまたおいおいお話しするとして、
何はともあれ、今日は絶好の外珈琲の日だと感じた。

午前中にはパソコンと向き合い、少しの仕事を終えた。
午後になり、そろそろ行かねば日暮れは早くなっているから、
珈琲を淹れられぬ、と作業をやめた。

愛車の黒い軽自動車に、隣に住むお兄さんと一緒に作ってもらった
お手製のリアカーを積み、珈琲セットを入れ込んだ。

ついでに先日浜で拾って玄関に置いてあった流木と、
きりんの置物を一緒に積んだ。


「今日の風向きだと、あの公園だな」

車で5分も走れば公園がある。
公園に着くと、まずは風の具合を確かめた。さわさわと木々が揺れた。

「ここでよし。」

リアカーを出し、道具をセットし終わったと同時にお客さんはやってきた。

「お嬢ちゃん、ここでなにやってるの?」

「珈琲を淹れています。」

「お店?」

「そうともいうし、そうじゃないとも言えます。」

「それは何?」

「浜で拾った流木です。」

「なんで置いてあるの?」

「なんとなくかわいいからです。」

「そう。そしたら1杯もらおうかな。」

「はい、ただいま。
今からお湯を沸かすので、あちらの神社でも参ってきてください。」

「そうだね、そうするよ。」

突然現れたおじさんは、神社へ参拝に向かった。

「さて、お湯を沸かそう。」

こぽこぽこぽ・・・やかんに水を入れ、火をつけた。
風は強くないが、気をつけないと火が消える。これは立ち位置が重要だ。

お湯を沸かしつつ、豆を挽く。今日の豆は浅煎り。

おじさんが戻ってきた。
「どうだい、珈琲は入ったかな?」

「いえ、もうちょっと。そちらの椅子に座って、ゆっくりしてくださいな。」

やがて水がお湯になった。
挽いた豆をフィルターに入れて気がついた。
ドリッパーを忘れてしまった。
開店初日にミスはつきもの。

「おじさん、私がお湯を注ぐので、フィルターを持っていてくれませんか?」

「いいよ、お安い御用だね。」

おじさんは気前よく手伝ってくれた。
ちょろちょろ・・・そっとお湯を挽いた豆の中心へ注ぐ。
ふっくらと豆が膨らんできた。
珈琲の匂いがあたりに漂う。
少し蒸らして、再び中心へお湯を注ぐ。
ののじを描きながら、一定の時間で注いでいく。

おじさんとの共同作業も終わりを迎えた。
「おじさん、そろそろ大丈夫そう。」

「お、そうかい。」

やかんを置き、フィルターを受け取り、ポットに入った珈琲を眺めた。
「うん、良い量。良い色。」

ポットからカップに珈琲を注ぎ、おじさんへ渡した。
「はい、どうぞ。」

「はい、ありがとう。」

おじさんはゆっくりと一口目を味わった。
「うん、美味しいね。」

そこから、静かに周りの景色を見ながら、珈琲を味わっていた。

「じゃあ、そろそろお暇しようかな。今日は会えてよかったよ。」

そう言って、おじさんは公園を去っていった。

「おじさん、味わってくれてよかった。」
ぽつりと呟くと、きりんと目があった。



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