2杯目。想い出のひとときを

きりん堂の朝は遅い。
「丁寧に生きる」系の人間でありたいけれど、私はぐっすり眠らないとダメなのです。

「そろそろ今日も天気が良いから、起きましょう。」

身支度をして、今日もぼちぼちと店舗を開く準備をする。

「今日はどんな人がやってくるかな。」


黒の軽自動車にリアカーを積んで、今日は荷物の忘れ物はしないようにと、要確認をする。
「うん、多分大丈夫。」

おひさまが真上に上がる頃、無事に公園に到着。
リアカーを引っ張り出して、お湯を沸かし始める。

ぽこぽこぽこ・・・、程よい心地の音が鳴り出す。

「まずは一杯、淹れましょう。」

一杯分の豆をミルに入れて、ハンドルを回す。
手で挽いて豆が砕けていく感覚も心地よい。

お湯が沸いたので火を止める。
豆をフィルターへ移し、やかんからお湯を注ぐ。

真ん中めがけて、お湯を注ぎ、膨らむ豆をじっと見る。
気づけば目の前に女性が立っていた。

「珈琲一杯いただけますか?」

「もちろんです。今淹れているこちらでよければ、もう少しで淹れ終わります。」

蒸らし終わった豆に向かって、再びお湯を注いでいく。
「ゆっくりまぁるく、ゆっくりまぁるく。」

ぽたぽたとゆっくり、透明のお湯は豆の層を通り、
茶色い珈琲へと変化をして、ポットの中に溜まっていく。

「良い香りですね。」

大きくて、まぁるいを黒目をこちらに向けて、にこっと女性は嬉しそうに言った。
白い肌に映える綺麗な瞳だった。

「もう少しで淹れ終わりますから、あとちょっとお待ちくださいね。
ところでどうして今日はここへ来たんですか?」

「はい、ゆっくり待ちます。今日は時間があるんです。」

ポットの中に十分に珈琲が溜まったので、カップに入れて、手渡した。

「実は私、来週引っ越すんです。
その前にこの公園でキャンプがしたかったなと思って、遊びに来てみたんです。
明日からは仕事も詰まっていて、引っ越しの準備もしなくちゃいけない。
だから今日しかないと思って、散歩がてら遊びに来てみました。
そしたらあなたがここで珈琲を淹れていたんです。」

「そうでしたか。これもタイミングですね。」

珈琲を一口ずつ味わい、空を見上げて、時折言葉を交わしながら女性はその時間を過ごした。

「ここでキャンプはできなかったけど、きっとこれが想い出の瞬間になるんだろうって思いながらいただきました。
今日はここへ来てよかったです。本当にありがとうございました。」

「いえいえ、こちらこそ、ゆっくりとお話をすることができてよかったです。
新しい場所でも良いことが待っているから楽しみですね。
きっとまた会えますように。」

そう伝えると、彼女は大きな黒目が細長くなるほど、にこやかに笑って、「はい」と一言答えて、去っていった。

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