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それが後の妻構文.5「印の無い女」

 印の無い女に出会ったことがありますか?

 あれは二十歳そこそこの頃、無印良品の塊みたいな、オーガニックな女性と出会ったことがあるんですよ。

 ライ麦畑でウクレレを弾いてて、まさに"無印良品"!といった大人カジュアルな服装を着こなしていたその女性は、大きいスーツケースを持っていました。

 「どこから来たんですか?」と訊ねると、「どこでもいいじゃないですか」って天然由来成分100パーセントの回答が僕の横を抜けていったので、僕はそっと彼女の横に腰を下ろしました。

 ただ何も言わず、彼女の無着色なウクレレのメロディーを聞いていようと思って。

 ライ麦が風に揺られ、日が傾き、ウクレレが響く。いよいよ辺りが暗くなってきたというところで、無印良品をミキサーにかけ身体に塗ったようなその女性は、小さな口を開きました。

「所在のない人間になりたくて、故郷を捨ててきたんです」

 彼女は、印の無い人間でした。

 添加物も化学物質を含まれていない、印の無い人間になりたかったんだと思います。

 だって含まれすぎていたから。傷つきすぎていたから。僕はそっと彼女を抱き寄せると、こう言いました。

「ここはライ麦畑。何もない。君が僕というワンポイントだけ受け入れてくれるなら、僕らは一生ZARAを着ずに生きていける。ビームスを着ずに生きていける」

 ルイボスティーのような涙を流す彼女。

「ロリーズファームなんて捨てればいい!!
 セシルマクビーなんて見なくていい... 。
 僕らは、無印でいいんだよ、」

 今、僕たちはライ麦畑で働いています。
 それが後の妻です。

#小説 #私の仕事 #妻 #後の妻

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