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アメリカの教育データ利活用の現状に関する報告書と課題について

 NII(情報・システム研究機構 国立情報学研究所)とKDDI総研が、アメリカの教育データに関する報告書を出していたので見物していました。

 なかなか良くできているのでぜひご一読いただきたいのですが、一方で、データ標準化までの教育分野での政策議論についてはフォローアップされておらず、アメリカではこんなにデータ利活用が進んでますよ凄いですねという資料にしかなっていないので、いくつか論点を付記しないといけないのかなあとも思います。

 脚注でも一部書かれていますが共和党のブッシュ(倅) 政権時代の教育政策の目玉である「どの子も置き去りにしない法(No Child Left Behind Act of 2002:NCLB)」(2002年)の改定をするはずだったオバマ大統領が、どういうわけかNCLB法の賛同者であったダンカンさんを教育長官にしてしまい、より野心的で競争を促す「頂点への競争(Race to the Top:RTTT)」という政策へと補強してしまいました。

 これによって、学区ごとに分かれて教員組合によって運営されていた学校が、スコアにしやすい教育データ(テスト点数なども含め)によってその良し悪しを可視化されることになったばかりか、初等中等教育では子どもの行く学校を選ぶことのできる選択制へとシフトしたことで、貧しく駄目な地域の公立学校はより駄目に、比較的豊かで予算のある公立学校はより成果を出す方向にいったわけですけれども、ここで各種教育政策のメジャメントとして利用されたのがここでいう標準化された教育データということになるのではないかと思います。

 その後はずっと教育データにおける各州の取り組みについて解説されているので興味津々ではありますが、EDFacts(米国教育統計センター;National Center for Education Statistics:NCESの統計データベースである CCD;Common Core Data)に関する解説が書いてあるだけで何の教育データが参照されているのかがあまり明確には説明されていません。

 CCDにおいて特に重要とされるスコアのひとつが例示されている中退率(
DRE;Dropout Rate in Education)で、しばしば教育経済学の新自由主義的側面がアメリカの教育を蝕んでいる的な指摘になるわけですけれども、これがなぜマスキングされたダッシュボードでしか見られないのかというと、単純に交絡因子が「親の貧困」「離婚」「子ども(生徒)の妊娠」「ドラッグの使用」「拳銃の所持」など、アメリカ社会の病巣そのまんまの問題を引きずっているからです。センシティブすぎます。

 また、前述のようになぜ学校によって格差が出るのかと言えば、日本のように公教育の予算は国と自治体が負担するのと異なり、アメリカではその州ごとの固定資産税(Property Tax)と地域の家庭や企業、教会などからの支援金・寄付金によって、ほぼすべての校務で必要な予算が捻出されているからです。すなわち、貧しいラストベルト地帯に暮らしている子どもにはSTEM教育の予算など割り当てられない一方、西海岸の高い不動産価格を持つ地域の学校は大変豊かな学生生活を送ることが約束されます。

 他方、報告書でもある通りCOVID-19の流行によって子どもの学力向上にどれだけの悪影響(または好影響)があったのかという分析は州単位で割と簡単に取りまとめられ、学習指導の現場だけでなく、包括的な教育政策を受け持つ州教育当局においては非常にメリットのある設計ができています。日本もおそらくこれをやりたいのでしょう。

 FERPA法(Family Educational Rights and Privacy Act)と子どものプライバシー、教育データの標準化についても話が続いているわけなのですが、このときのデータ移転については18歳までは親の同意原則になっているものの、教育データを産業で特にウェブなどで利活用する場合には児童オンラインプライバシー保護法(COPPA;Children’s Online Privacy Protection Act)の制限対象になり、結構盛大にみんな引っかかって教育産業でも怒られがつどつど発生しています。ワイとこのクライアントも過日派手にやらかして目玉が出るような課徴金を払わされそうになったのもいい思い出です。

 なので、あくまで州が保有する教育データとしてはFERPA法で、そこから個人情報としてネットを通じ利活用する場合にはさらにCOPPA法が関わるのは指摘されるべきところじゃないかとも思いました。オクラホマ州の例示があったのは良いことで、FERPA法だけでは教育データ標準化された後の利活用の縛りとしてはどうもなあというのは毎度感じるところです。

 最後に、チャータースクール(認可型私立学校)がアメリカで増えていまして、日本で言えば小中学校がN高みたいなもの(資格は広域通信制学校)なんでしょうが、問題続発でありまして、これがまさに教育データ利活用におけるアメリカの病巣とも言えます。

 まあ単純にチャーター(認可)を維持するために子どもを一定の成績に押し上げなければならないのですが、テネシー州とかイリノイ州とかイマイチ貧乏な地域のチャータースクールのアカンところは3割も卒業できないわけです。州が定めたハードルをクリアできないとチャーターが取り消されてしまうので、いろいろと問題を起こしているのは報告書の中にある通りです。アメリカの場合、教育データをなぜ使うんかと言えば、こういう営利目的のチャータースクールがコスト対策優先で教育をやるにあたり、州政府が認めた教育データの活用範囲を最大限に使って安く授業をし多く学生をかき集めようとすることが大きな目的としてあります。

 しかしながら、真の問題はこれらのチャータースクールはアメリカの民営化された教育産業によってチェーン店化する一方、上記の通り裕福な州には予算豊富な公立学校がぞろぞろありますので、基本的には教育の行き届かない貧乏なところで生徒をかき集めてチャータースクールを開設しようとします。意図するかは別として、貧乏な地域の公立学校ではまともな予算がなく教育どころではありませんから、その地域の中でも比較的まともな人がチャータースクールに行く(それでも中退率は高い)ので、州平均に比べれば結果を出しているという話になります。

 そこに、各州が定めた、標準化された教育データの利活用を行うといったときに、チャーターの理由になる数学や理科など「点になる」「重要な」学問だけが、あまり教員としての実績のないアシスタントたちによって教えられ、見事に荒廃してしまっている面があります。水道であれ警察であれ教育であれ、ビジネスにしていい分野とそうでない分野があるんじゃないの、というのが壊れゆくアメリカの教育事情から学ぶことなのかもしれません。

 要は、法律で定められ、各州が考えて制定した教育データの標準化の中身は相応に優れているのだとしても、実際のアメリカの初等中等教育で起きている問題はそういうデータに現れないところにあるんだよという話です。

 その点では、アメリカの教育データ利活用の進み具合はともかく、少なくとも公教育の在り方という点では、日本のほうがはるかに進んでいて誇れる面が多くあります。また、日本の教師の皆さんが働く環境がブラックであるとか、教員免許更新を取りやめないと教師がそろわない地方があるほど不人気だという裏には、かねて問題となっている学校が地域の風紀・治安から子どものご家庭にまで介入しうるぐらいのきめ細かい子どもへのケアをしなければならないという特徴があります。

 とにかく日本の教師がこれだけ頑張っているのに、特段うまくいっていないアメリカの初等中等教育の、それもデータ利活用のところだけ取り上げて参考にするのはなかなか困難な面も多いのではないかなあと思いながら、報告書を楽しく最後までざっと拝読させていただきました。

 週末時間をかけて読み込んでみたいなあと思います、お時間があればぜひ皆さんも読んでみていただければと。力作です。


神から「お前もそろそろnoteぐらい駄文練習用に使え使え使え使え使え」と言われた気がしたので、のろのろと再始動する感じのアカウント