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この小さな世界の、小さな台所に、俺とビールと深夜の焼肉。


 俺はふと、小腹がすいた。
 いや、お腹の虫の鳴き声を聞く限り、それは小腹どころの騒ぎではなく、もはや空腹と呼ぶべきほどのものであった。

 時刻はちょうど0時を回っており、いつのまにか日付を跨ぎ、新たな一日の始まりを音もなく告げていた。
 ソファーでごろごろと横になりながら耐え難い空腹感という苦痛に悶えるが、そんなことをしていても腹は膨れぬと、ついその空腹を紛らわすためにふとツイッターを眺めた。

「なんだ、どいつもこいつも焼肉の画像載っけやがって」

 思わず悪態をついた。
 なぜ、ツイッターというものは深夜になるとどいつもこいつも飯、飯、飯とひたすらに飯の画像しか投稿しないのだろうか。

 これは一種の文化なのか?習慣なのか?儀式なのか?
 深夜徘徊が出来ないからといって、ネット上で騒ぐのは止めてほしいものだ。

 そうはいってもその美味しそうな飯テロである。
 思わず食欲が駆り立てられ、口の中に涎がたまった。

 いつもであれば金がないといい、台所にストックしてある蒲焼さん太郎で我慢できるのだが、タイミングの悪いことに財布の中には4万円ほどのお札が入っていた。
 昨日10万勝ちしたパチンコの残金である。

「くそ、あれもこれもお前らのせいだからな!」

 ツイッターにそう呟くと、急いで私服に着替え、家を飛び出すと、前かごの変形した自転車を駐輪場から引っ張り出し、猛烈にこぎ始めた。

 到着したのは、自転車で10分ほどの距離にある24時間営業のスーパーであった。
 汗をかきながら入店するも、店内に客はおらず、店員が鼻歌を歌いながら品出しをしている。
 俺はそれを横目に、そそくさと肉のコーナーへと早歩きをした。

「おお、意外とあるな」

 肉が並ぶコーナーで、俺は目を輝かせながら立ち止まった。
 どれもこれも高いものではないものの、今の俺にとっては砂漠で水を飲むほどの価値に感じるほど、深夜の焼肉というものを欲していた。

「そうだなぁ……。これとこれ……おぉ、こんなのも残ってるのか」

 俺は思わずそれに目を引かれ3品ほど買い物かごへと放り込んだ。
 お酒コーナーにそのままスキップし、銀色に輝くビールのロング缶を3本入れ、レジでお会計を済ませた。

 レジ袋の中身がかさばり、少しだけ重みを感じたが、俺の心は実に軽やかだった。

 自転車のペダルをゆっくりと漕ぎ始める。
 雲一つない夜空には、点々と星空が輝き、思わず夜空を見上げながら自転車を止めた。

 充実感を味わえるものが酒とパチンコだけのダメ人間に成り果ててしまったが、それでもなお星空が美しく思えるのは、まだ人間としての感性を失っていない証拠だ。
 感傷的な気分に浸りつつ、そのまま誰もいない夜の歩道を、ゆっくりと自転車を押しながら家路についた。

 家に着くなり、台所へと直行する。
 袋からビール缶と、醤油ダレで味付けされたカルビ、ヤゲンと砂肝と軟骨の入った3種鳥肉おつまみセット、そして極めつけがでかでかと分厚くカットされたオーストラリア産の牛肉肩ロースを取り出し、それを一同に並べた。

 500円の使い慣れたフライパンを取り出し、火にかける。
 だが、ここから俺の流儀が始まる。
 お酒というのは食べ物と一緒に飲むものではなく、調理中から飲むものだという自分流料理文化が発動し、フライパンにカルビを4~5枚入れると同時にビール缶の蓋をぷしゅりと開けた。

 いわば、これが本番である。
 焼肉と同時にビールを飲むなど愚の骨頂である。
 そうでなければビールの美味しさというものが半減し、その気持ちで焼肉を食らうことになる。
 何たる愚策。何たる奇行。何たる醜悪。

 一口目のビールは、肉の香りで飲むものだ。

 焼肉においてのビールとは、すなわち食欲という欲望へのガソリンである。
 最初の一口のビールと、同時に焼肉の一口目を食べるという行為は、ガソリンを入れながらエンジンをフルスロットルで回す、自殺行為そのものなのだ。

 俺はあまりにも最近読んだ漫画に影響されすぎた。
 そのうち、鉄骨でも渡ってしまうのではないだろうか。

 肉の焼ける香り、音、そして呼吸。
 それらすべてが重なり、俺はカルビを一枚フライパンから端でつまみ、熱いままに口の中へと放り込んだ。

 至極、感動。
 極刑的、罪悪感。

 もはや言葉すら出ないほどの快感。
 先ほど星空で感動していた俺は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか。
 どうも焼肉の前では、そんな綺麗な私は異端分子として排除されてしまったようだ。

 今は目の前の肉しか見えてはいない。
 今、目の前で焼かれる、香ばしく脂の滴る焼肉に。

 この小さな世界の、小さな台所に俺とビールと焼肉。
 今はこの小さな幸せを噛みしめたい。

 そうして俺は焼けた肉を口の中に入れ、ビールを流し込み、頬を赤らめ「幸せだ」と換気扇に向かって呟いた。

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おわり。

※焼肉が食べたい人が書いた欲望の小説でした。
 ちなみに私はKIRINのハートランドが好きです。


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