菫色の実験室vol.8|巻頭エッセイ|霧とリボン|誰かと共に歩いてきた菫色の小径
ここモーヴ街に初夏がやってきました。
今月で開通3周年を迎えた、霧とリボンが運営するオンライン上の架空のストリート「モーヴ街」——通りをはさんで建つ10棟の建物から、軽やかな季節の到来をことほぐ声が聞こえてきます。
今春、モーヴ街10番地に住まうマダム・ロマランから、一冊の新しい絵本が届きました。季節を繋ぐように、初夏の一篇はそのことからお話致しましょう。
霧とリボンの実店舗、直営SHOP & ギャラリー「Private Cabinet」は、3年間の休業を経て、この4月に営業を再開しました。
吉祥寺での終幕となる本年の第一幕として開催したのは、イラストレーター・フランスガム様の個展《彼方の鳥》。会期中はたくさんのお客様にご来場頂き、フランスガム様を囲んで、美しいひとときを過ごしました。
そこで発表されたのが、マダム・ロマランの二冊目の絵本『彼方の鳥』でした。
存在を巡る一冊に納められていた、或る一枚の絵。
——ひとめ見た瞬間、一条の光がこころの奥深くに差し込み、暗がりから水面を浮かび上がらせ、そっと覗くとそこには、とても懐かしい風景が写り込んでいました。
棕櫚の木の下で、四つ葉のクローバーを探している時の指先の湿り気、木漏れ日の煌めきとむせかえる緑の匂い、葉々を揺らした後、頬を過る少し冷たい風——
記憶の中に沈んでいた「洋館」が息を吹き返して、突如、目の前に現れたのです。
霧とリボン実店舗こと「菫色の小部屋」の原点である、通学路の途中にあった朽ちた洋館が、フランスガム様の作品《菫色の中庭》に、まるで往時を取り戻したかのような風合いで描かれていました。
そこは、「菫色|MAUVE」と出会った場所でした。
煉瓦色の外壁が、鬱蒼の葉々のせいでグレイがかった菫色に見え、その時から、菫色・モーヴ色が「特別な色」となりました。
異国の文化に異常な熱情を持って憧れながらも、それを知るすべが乏しかった当時、行き場のない好奇心を受け止めてくれた洋館。
土地の人々とは違う時間を刻んできた瀟洒で頽廃的な雰囲気に惹きつけられ、毎日寄り道しては、鍵穴の向こう側に想像力を羽ばたかせて、優美な衣摺れを思ったものです。時に学校の先生から厳しく否定されることも多かった、好きな物語、音楽、ドレスや香り、エフェメラ類。それらを安心してしまっておける「私ひとりの部屋」でした。
《菫色の中庭》は、絵本『彼方の鳥』の中で、幸せの象徴として登場します。シャボン玉が浮かぶ陽だまりの中、皆が安心してそこにいます。
そう、安心できる場所を作りたい——
否定されることに怯えず、自身の感性に誠実に、思いっきり羽根をのばし、そして休ませることのできる陽だまり。菫色の小部屋も、ここモーヴ街も、根底にその想いがあることを、《菫色の中庭》に出会うことで改めて強くこころに刻みました。
朽ちた洋館の加護の下、四つ葉のクローバーを探した場所からまっすぐに、いまここへ、菫色の小部屋へ、そしてモーヴ街へと小径が続いていたこと。ひとりきりで歩いてきたと思っていたその小径は、マダム・ロマランはじめ、実は誰かと共に歩いてきた小径であったこと。
物語る力、アートの力は、変わらないはずの過去に違う角度から光を当て、暗がりで見えなかった新しい過去をも見せてくれるのです。洋館の中に避難しながらも、癒えるまでに時間がかかった少女の頃の深い傷が、真の意味で治癒した瞬間でした。
ふと、見知らぬ小径に分け入り、道端の花々を眺めながら、季節の匂いを感じて深呼吸した時、思いがけず手のひらの小宇宙に光が降り注ぐような——
モーヴ街を散策して出会う文学、アート、モードが、わたしたちひとりひとりの今に光を届ける、そんな存在であることを願います。
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終幕の一年、第二幕としてオンライン開催する本イベントでは、《菫色の実験室vol.8〜菫色 × 舞踏会》、Under the rose個展《Hidden Garden Waltz》、高柳カヨ子プロデュース展《少女の聖域vol.4〜真昼の月》、3つの展覧会を華やかに同時開催致します。
さぁ、それぞれの扉がひらきます。
あちこち寄り道しながら、菫色の小径の散策をどうぞお楽しみ下さい。
道すがら、初対面でありながら懐かしい、素敵な誰かときっと出会うことでしょう。
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