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ディケンジング・ロンドン|PASSPORT 2|ディケンズとロンドン

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 11月29日よりオンライン開催される《ディケンジング・ロンドン》展。小説案内と多彩な美術作品でディケンズの生きたロンドンを巡ります。

 展覧会をより楽しんで頂くために会期前にお届けしているツアー・パスポート。第二回目は「ディケンズとロンドン」です。

 目指すはヴィクトリア朝のロンドン。準備を整えて、ご一緒致しましょう!



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上写真|ヴィクトリア朝ロンドンの風景

Text & Photo| Megumi Kumagai



 ディケンズはロンドンと結び付けられることの多い作家であり、特にヴィクトリア朝ロンドンの象徴のように扱われることが多い。しかし、ディケンズはロンドン生まれではない。港町ポーツマスで生まれた後は、両親の都合で、幼少の頃から何度も引っ越しを経験した。一時的に居住することはあったが、本格的にロンドンに住むようになったのは、ディケンズ10歳の時、父親の転勤に伴う引っ越しだった。この頃、一家の家計はかなり傾いており、それまで暮らしていたケント州チャタムでの伸び伸びとした暮らしとは違う、新しい住処であるロンドン北部のカムデン・タウンのみすぼらしい家と汚い路地はディケンズに衝撃を与えた。

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上図版|ヴィクトリア朝ロンドンの風景

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上写真|現在のカムデン・タウンは活気あふれる人気の観光地

 学校に通わせてもらえなかったディケンズが、寂しい時間の中で楽しんだことといえば、路地裏の探索だった。ディケンズは子供のころからロンドンの通りに魅せられていた。しかし、好んで歩いたのは、賑やかで華やかな通りばかりでなく、現在とは異なり貧しい人で溢れていたセヴン・ダイアルズなどの貧民街であった。そこには華やかな路地にはない、子供のディケンズの心を捉えて離さない何かがあった。

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上図版|少年ディケンズの関心を引いた貧民街セント・ジャイルズ

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上写真|現在のセブン・ダイアルズにはお洒落なショップが立ち並ぶ

 ディケンズのロンドンに対する感情は時にアンビバレントなものである。ロンドンを愛している時もあれば嫌悪の感情を隠し切れない時もある。しかし、作家としてのディケンズがロンドンを必要としていたのは間違いない。ディケンズは、スイスに滞在中に、親友のフォースターに宛てた手紙の中で、作品を書くためにはロンドンの通りが必要だと嘆いている。
 ロンドンの街はディケンズのインスピレーションの源であった。そして、そこは幼い頃に生涯で一番苦しい経験をした場所でもあった。生まれこそロンドンではないディケンズであるが、ディケンズにとってロンドンはあまりにも彼の人生と密接に結びついていた。そして、そうしたディケンズの小説のほとんどがロンドンを舞台としているとしても、不思議ではないだろう。

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上図版|Covent Garden Market, Early Morning(Gustave Doré ・1872年)

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上写真|現在のコヴェント・ガーデンのマーケット。人でにぎわう

 ディケンズのロンドンは上から見下ろす俯瞰したロンドンではない。ディケンズのロンドンは地面に根差したロンドンである。人間が生きる場所であり、大衆娯楽の楽しみが、権力者の横暴が、小さな恋が、痛ましい事件が、人々の喜び、悲しみ、希望、苦しみ、滑稽さ、驚き、生と死が、鮮やかに描き込まれている。その光景のすべてを、一方では事実を正確に写し取るジャーナリストの眼差しで見つめながら、もう一方では、小説家の無限の想像力を駆使して描き出した。そうして生み出されたのは、唯一無二のディケンズのロンドンである。

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上写真|ヴィクトリア朝ロンドンの風景

 ディケンズの視線は庶民の中にあり、彼が紡ぎ出すパノラマは、静謐な静止画ではなく、彼が愛し、時に忌避したロンドンの風景のように色とりどりで騒々しくもエネルギーに溢れた、生きる力に満ちたロンドンであった。それは上品ではないかもしれない。それは美的ではないかもしれない。しかし、そこには忘れがたいキャラクターたちが存在している。ディケンズの作品が好みでなくても、キャラクターは思わず記憶に残ってしまうと言われる。各々のキャラクターに与えられた生命力、それは21世紀を生きる私たちをもとらえて離さない、雑多で人間味あふれる生々しい生の輝きである。

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上写真|ディケンズも常連だったパブ、イ・オールド・チェシャー・チーズ

 ディケンズの小説は、創作であるから、ヴィクトリア朝ロンドンの事実をそのまま描いたものではない。しかし、ある意味では事実よりもヴィクトリア朝の真実を映し出しているともいえる。小説のページをめくれば、そこには生命力に溢れ、生き生きとしたヴィクトリア朝ロンドンが、想像力にあふれたディケンズのロンドンが広がっている。

 さあ、一緒にディケンズのロンドンを、時代の矛盾と歓びと人間と暗闇を鮮烈に映し出す、ダークで生々しくもファンタジックな、ディケンズのロンドンを巡る旅に出ましょう。

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上図版|The Organ in the Court(Gustave Doré ・1872年)

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