見出し画像

週40時間の労働に耐えられる人間とそうでない人間

「人の形を保てるのは週30時間の労働までって私の中で決まってる」

彼はキーボードをカタカタ打ちながらつぶやいた。

週40時間の労働。1日8時間、労働に精を出す時間。
彼は「どうして金を得るために時間を切り売りしなければならないのか」と疑問を抱いていた。

8時間も働くだなんて馬鹿馬鹿しいにも程があると思っているらしい。彼はリモート勤務のアルバイトでプログラマーとして働いている。プログラミングは独学で習ったらしいが、スキルは技術系大学を出たプログラマーと互角の腕前を持っている。
プログラミング、エンジニア…私は、IT系のことがさっぱり分からないのだが、彼曰く「技術系はクリエイティブな物」なのだという。

技術系はクリエイティブ。プログラミングは芸術品。
言いたいことが言語化しづらい彼の口を代弁すると、こういうことらしい。
ただ私は、彼がプログラミングした代物の価値がどのように付けられるのかが分からない。
一つ言えることは、仮にプログラミングの報酬が完全出来高制になったとして、どこを見て評価されるのだろうか、という点だった。

私は素人意見ながら彼に問うてみた。
彼は「ぐわーーーーーーっ」と奇声を上げて、その場で崩れた。

時間を切り売りして得る単価と作った物の単価。
好きな時間を減らしてまでお金を得ることが幸せなのか、自分が作った物が「報酬」によって高い評価を受けることが幸せなのか。
週24時間で技術屋の舌鼓を打つ彼の能力は、長時間でも発揮できるものなのか。

週40時間以上働くのがデフォルトになっていた私には「週40時間以内」で働くことに、神々しい白さを感じる。でも、普通に働いている人にとってもこの時間で働くのはキツいらしい。

「働き方改革」「テレワーク推進」「フルリモート」

これからは、個人に合った働き方を容認できる環境が必要になるのではないかと思う。
長時間働かないと自らの存在意義を見いだせない人、休み休み働かないと人並みのレベルができない人、マルチタスクを活用して長時間労働しないように心がける人、個人空間で能力を発揮できる人など、みんなそれぞれの働き方がある。

「仕事術」というよりは「その人の人生」に合わせた働き方が必要だ。
そのためには長期的な環境整備が必要なわけで、要所要所を短期間で詰めていく必要がある。
休みながらでないと働けない人ができないことをサポートする、ワーカーホリックの心が荒む前にストップを掛けられるような人材育成…私が思いつく限りでいうと「人作り」が大事だという結論になってしまう。

週40時間以上費やしても成果が今ひとつならば、それはもう無駄な時間でしかない。
数々の成果を複数挙げようと意気込んでも、結局は長時間労働を招いてしまう。
個々の仕事術を全否定しない優しい世界はどこにあるのだろう。

虹倉家の家計を支えてくれる心優しい方を募集しています。 文章と朗読で最大限の恩返しをさせていただきます。