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止まりたくないのに 何もしたくない そんな私へ与えられた表現の場 BeautyJapanNANIWA

更年期について書き綴る予定だったが、いつからか
放置してしまっていた、note

母への想いを綴ろうとおもいながら
数ヶ月たったが
4月あたりから少しづつ書いている。

母が亡くなる前日から私は体調を崩していて
亡くなった日の晩は 人生で初めてと言っていいぐらいの高熱が出て 咳も止まらなくなった。
なんだったのだろう、、、

張り詰めてた何が放出された感じで 熱が出てるのは当然わかっていたが
下げようとも思わなかった。
へんな感覚だった。

葬儀は4日後にしかできなくて
それまでの間 事務手続きや、子供のことなど色々やることはあったし、仕事として取り組んでいて大切にしている大きなイベントも数日後にひかえていたし、気分を下げてるわけにはいかなかったし、動けてはいたが、精神状態は気をぬくと、何もしたくない。と思っていた。



何もしたくない

というよりかは、 ただただ眠りたい
そんな感じ。
幼いころ 私は嫌なことがあると
決まって眠るようにしてた。
寝てる間は何も考えなくてすむし、何も
感じないと思っていた。
ただそれは 母への気づいてほしいサインでもあった。
仕事から帰ってくるなり、座布団を並べた上で寝ている私をみて 母はすぐに気づいてくれた

何かあったの?
と、聞かれても 感じたことをうまく伝えられない当時の私はシクシク泣くだけで、
何も言わない状態だった。母は何回か質問をかえて聞き出そうとしてくれたが
最終的には
この言葉とhugで終わらせて 夕食の支度に狭い台所へと移動する。

『大丈夫。神さまは全部見てるから』

大丈夫 のあとには、はたしてどんな言葉が続くのか。

大丈夫 あなたは悪くない
大丈夫 うまくいくよ

大丈夫 元気だして

何が起きたかわからない相手に 大丈夫
とだけ伝えることができた母は すごいなと思う。
何が大丈夫なのかわからないと思っていたが
私の生きる力を疑わず、わたしそのものを受け入れ その後の成長を信じてくれてたのかな。

気づいたら 大丈夫は私の口癖になっていた。

止まってたまるか

もしかしたら気力が自分の中から消えるかもと思う日も多く、悲しみに向き合いながらでは、家庭の中のことで精一杯で、仕事に熱を注ぐなんて無理かも。という気持ちと同じぐらい湧いてきたのは
止まってたまるか。という気持ち。
何もしたくないという気持ちと
ようやくやりたいことが形になり軌道に乗り始めたころだったから、やめたくなかったし、止めたくもなかった。激しい陰と陽の感情が同時にきてなんとも言えない感じで疲労すらおぼえた。

ようやくの思いで 大きなイベントを
終えた直後だった。
私に1通のDMがくる。

初めまして!突然のご連絡失礼します.BeautyJapan NANIWAの、、、

事務局長からのスカウトのメッセージだった

怪しいな、と思ったのだが
なぜか、メッセージを破棄する気になれず
最後まで読み そして 数回読み直した。
いつもならこういう形のメッセージはスルーしてるのに、気になった。
今の私はそれどころじゃない
そう思っているのに、何か惹かれる、、、

そして返信した

私をスカウトした理由を聞かせてほしい

誰かれかまわずメッセージ送っているかんじなのはごめんだ と思ったこともあり
なぜ、私なのかを聞いてみたら とても丁寧な返事がかえってきた。驚いた。

その時、気づいた。
そうか私 誰かに背中を押してもらいたかったのと、
今までの自分と これから進めていくことに
確かな自信が欲しかったんだ。


夫に相談し、数日悩んだか、
決めた。
自分で自分のことを久しぶりに決めた気がした

エントリーしてみよう。
これは 神さまが与えてくれた
表現の場。
そう思えた。

そして 久しぶりに聞こえた気がした

母の
『大丈夫。神様は全部見てるから』

私が セラピストという仕事と
私の生きかたを通して 伝えたいこと
たくさんの人に知ってほしいことを
この大会に出ることでより明確に
力強く伝えたい。


わたしが真菰(まこも)蒸しに辿りついた理由。
それはこれからの生きかたにも繋がっている

まとまりきらない想いをこの場で
表現したいと思う。

NANIWA大会は
2024年 7月7日 
心斎橋にて。

#bjnaniwa2024









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