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いつからだろう、自分の声が好きになったのは

私は自分の「地声」が嫌いだった。
過去形。

ここでいう地声は、話し声とか普段の声、という意味。

自分の声が嫌いな理由は、トーンとかでは無く、「私があまり尊敬できない人物の声」と似ているからだ。

あんな吹けば飛ぶような声は嫌だな〜hahahaha!

と余裕をかましていたら、ある時、(当時)カセットテープで録音された自分の声を聴いて絶望したのだった・・・

こ・・・こんな声のはずがない!

もっと、人に安心してもらい、芯がある声のはずだ、この私わッ!!

と怒りにも似た感情なのだが、カセットテープから流れる音声は無情だ・・・

そこで、「せめて歌声は自分の好きな声にしたい!!」という思いが人より数倍上だったため、ボーカルトレーニングを苦と思わず続けられたのだろう。

学生の時の歌の練習の想い出といえば、夜寝る前に自分の声を聴きながら「ここのピッチが悪いな・・・」という感じで眠りに落ちる習慣があった。

これが結果的に「耳を鍛える」事になっていたのだが、その時は知る由もない。

ただ、「自分の話し声は聴きたくないけど、好きな声を会得しようと努力している自分の声はまだ好きなんだよなー」という純粋な感情だった。

そして、数十年。

今はその「歌声」の音色が頭打ちをしている。

もっと可能性を広げたい!歌声を次のステージにレベルアップしたい!という意欲でいっぱいなのだ。

ということは、若干、「好きだった歌声」を否定しつつある。

これは成長ということにしておこう。

今回の主題は、そのタイミングと同時に、あれだけ嫌がっていた「自分の話し声」が意外と心地よく感じている、という点だ。

理由はわからない。

歌声を鍛えるためのボイストレーニングや呼吸器運動に加え、精神状態をキープするための心の置き所などが伴って、もしかしたら「話し声」がパワーアップしたのかも知れない。

ラジオや講演活動で「あなたの声、素敵ですよね」と言われることが出てきたくらいだ。
最初はまったく信用できず、むしろ馬鹿にされているとすら思っていた(ごめんなさい)。

しかし、何回か別の人から声を褒められると、「あれ?自分が思っている以上にそんな不快な声じゃあないのかな?この声」と思えてきたのだ。

実際、今は、仕事の勉強で覚えたい箇所があれば、自分の声で朗読したものを録音し、記憶定着のために寝る前に聴いている。
昔の自分では考えられないことだ。

数十年前は歌声を聴いて眠っていた私が、今は自分の朗読の聴いて眠りに落ちている。

タイムマシンがあれば、十数年前の自分に言ってあげよう。

「お前の声、まんざらでもないぞ」

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