埠頭、腎臓、スーパーチャット
結婚式に乱入して、サウンド・オブ・サイレンスを流しながら、愛する女とバスに乗り込むなら格好がつくが、俺は何もかもが違った。
今いるのは子どもの玩具のようなコンテナが並ぶ真夜中の埠頭。盗むのは死体。イヤホンから流れるのはVtuberの雑談配信。
これから命をかける相手は、美少女の皮を被ったおっさんだ。
倉庫から中国語の混じった怒声が聞こえた。
俺は緊張を紛らわせるため、生配信の音量を上げる。港のWi-Fiは弱く、何度も動画が止まって苛ついた。
「スパチャありがとうございます! 『利息代』、だって! 『あといくら残ってる?』四桁かなぁ!」
画面の中で紫の髪の少女が笑う。剥き出しの細腕を振る。袖の演算が必要ない一番安いモデル。
声は電子音声だ。中の人間の身体は声帯も横隔膜もとっくに借金のカタにされたから仕方ない。
多重債務系バーチャルアイドル・トゴ。
十日で五割の法外な高利で金を借りたのが名前の由来らしい。
トゴの中身の中年男性は腎臓どころじゃ済まない借金を抱えた結果、脳髄以外の全部を売り払った。
「ワタシの脳は値段つかなかったんだよ、あはは! 身体全部でも返済しきれなかったしね」
文字通り魂だけになった中年男性は、電子の世界で肉体を与えられた。
残りの借金を広告収入と投げ銭で返すために。
「ワタシが香港のカニ缶工場で働いてたとき……」
トゴの話題は少ない。賭博、日雇い労働、少しの間だけいた妻子の話。
歯のモデリングをしていないせいで洞穴のような口から出るろくでもない話が、俺の癒しだった。
「あ、utopiaさん。こんばんはー」
ハンドルネームを呼ばれて一瞬硬直する。俺は悴む手でスタンプをひとつ送った。
港のサーチライトが橙の舌で船を舐める。
俺はスパチャを送れる余裕がない。だから、代わりにトゴの前世のような哀れな死体を盗むのだ。
金持ちだが病気の子どもに送られるはずの内臓を、救えない馬鹿の借金返済に充てるために。
【続く】