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【記憶を記録する】ある兵士の記憶②

少しずつですが、取材でお目にかかったご高齢の方からうかがった「戦争体験」や「昔の商店街の賑わい」「祭りの華やかさ」などをまとめる【記憶を記録する】と名付けた活動をおこなっています。

今回の「記憶」は、以前取材させていただいた方のお父様の「戦争の記憶」です。戦地での手記の一部分の複写と投稿の許可をいただきました。

お父様はとてもお話のお上手な方だったそうで、手記の表現もかなりリアルで、その場に居合わせたような臨場感があります。

※●は判別がつかなかった漢字です。申し訳ございません。また旧字や旧仮名遣いを含め、できるだけ原文に忠実にリライトいたしましたが、誤用と思われる表現は修正しております。

ある兵士の記憶①はコチラ↓

2.

「全員起床、起床ー!」の声に夢破られて半身を起す。隣りに寝てゐ他た筈の和田上等兵の姿が見えない。
手を差入れてみる。まだ暖かい。
兵達は血色の悪い顔に生欠伸をかみしめ乍らガサガサ起き上った。暗い支那家屋の中に一夜の假宿、晩秋の朝風が身に肌寒い。
「今日こそはお客様に面會出来ないもんかナー。」
誰かが云ふ。実際昨日も行軍、そして又今日も行軍 旧口鎮を出發して八日目 其の間一發の銃声も聞かない。いつまでこの行軍が續くのだらう。何人の変化も無い一望千里の曠野を日中の暑さにあえぎあえぎ歩き纉けることはむしろ戦斗に勝る吾が苦痛だった。
「直ちに出發準備」
キビキビとした傳令の声が朝の静(シジマ)を破って突然家屋の入口でさけんだ。
「それ!」バネ仕掛の様に一勢に立上って装具を身に着け脚絆のゆるみをしめて銃を執った。靴ずれでうずく足の裏が針の筵を踏む様に痛む。
 ポンと後から背をたたかれて振りかへって見るとさっきの和田上等兵が白い歯を出してニヤニヤ笑ってゐる。
「渡邊、やい、元気を出せ、澤山ゐるとの情報が入ったそうだ。命令受(不明)領に行って来た紺野兵長殿が云ってたと云ふことも三小隊の林兵長殿が話していたぞ。」
「そうか。」
「驚くな」
「バカ野呂。」(原文ママ)
 和田上等兵について戸外に出た。

 前の麦畑の中には澤山の駄馬部隊が出發準備に忙しかった。支那馬(チャンバ)が奇声を發しってはグルグルめぐりをし兵にしめられてゐるのが見える。

真赤な朝やけにまぶしくてらされ乍ら柳のある小さな部落に着いた。中支には珍しく清らかな小川がさらさら流れてゐる。四十五分の大休止が與へられたので兵は思ひ思ひの場所で顔を洗った。汗とホコリで顔に觸れた手の感觸が更にない。飯盒を出して夕べの残飯に粉味噌を振りかけて喰った。最早其の時は●に食すべき米の一粒も背嚢に無かった。
「米の飯も之で最後だゾ。」
「後は何んだ。」
「知ってらー御仏前サ。」
 兵達は声を出して笑った。心配そうな顔付の者は一人も見えなかった。
 又列をととのえザラザラ途を小川に沿うて其の部落を出た頃は日も大分上ってゐた。少しも風が無い。銃床を握った右のコブシがしっとり汗ばんでゐる。腰の水筒の部分だけがヒヤリと冷く至極気持が悪い。
 曠野の行軍が纉けられた。
 矢も馬も捕虜も歩いた。そして腹がへると支那大根の畑を見つけては飛び込み土もロクに落とさないしょう辛い大根をかじって歩いた。
 其の兵隊の姿は最早人間とは思はれなかった。
 神に近い姿!? いやそれにしてはあまりにいたいたしかった。
 今日も敵に合ひそうも無い。腰の弾藥が空腹をしめつけ無闇に重かった。
 宣昌、宣昌までは前途程遠いのだらう。
(石花岡にて)

ある兵士の記憶③に続きます。

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