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5月30日に寄せて

(海に手紙を流すような気持ちで綴ります。)


Maison book girlが「削除」されてから、一年が経った。

家を出る前に降っていた天気雨の光の粒も
公演中吐きそうになるぐらいの息苦しさも
終演後のしかかってきた重たい曇天の色も
友達と分かれた帰り道の空気の冷たさだって
いまも手に取るように思い出せるのに、時間はあっけなく過ぎ去ってしまった。


去年の夏。蝉の鳴き声の中。
あの日のライブ映像はきれいに青く梱包され、ご丁寧にもフラゲ日に届いた。
だけど、あのとき必死に焼きつけた景色が上書きされて消えてしまいそうで、まだ再生ボタンが押せない。
どうか消えないでと願ってnoteに残した記憶の答え合わせも出来ないままだ。

https://note.com/kiokunohanataba/n/n2bd3fb7f402d

(記憶を頼りに書いたので実際のライブと違うところがあるかもしれませんが、
あえてこのまま残しておきます。)


Maison book girlに出会ってから、私の心や生活の多くを占めていたのは「Maison book girlを好きでいること」だった。自分のことが好きじゃなくても、ブクガを好きになれた自分の感性は愛することができた。
いつもそばにいてくれた音楽が居なくなってしまうことは、心が千切れるくらい、さみしい。

私には長い間続けていたTwitterアカウントがあった。そこは自分の気持ちや描いた絵を発信するとてもとても大切な場所だった。
だけど、人はさみしいと心が空っぽになる。
推しメンの自撮りやツイートにいいねしたり返信したりしてる人が羨ましくて堪らなかった。他人の楽しそうな投稿をみるのも辛くなり、次第に好きなものを好きというのが怖くなっていった。
限界だった。
大事な場所のことをこれ以上嫌いになりたくなかったから、泣きながらアカウントを削除した。


それからの時間、私はずっと落ち込んでいた。そして、拗ねていた。
瀕死の心を抱えながらも、他に「好きだな」と思えるものを探していたけれど、ブクガがいないと意味無いとも思っていた。

削除=活動終了という意味もふわふわと掴みきれないまま、メンバーの新しい活動が発表された。
ぐちゃぐちゃの気持ちのまま会いに行った。
わかってたことだけど、私は彼女達が何処に行っても、彼女達のことが好きなんだと思った。

その時初めて、時間を進めなきゃと思った。
ブクガ以外の好きなものや人や趣味を見つけて、「大丈夫」になってから初めて
「ブクガがいない世界は最悪!!!!」って叫ぼうと思った。
もう、拗ねるのはやめた。


アカウントを削除した際、当然彼女たちの絵も消えてしまったけれど、時を経て少しずつ見返していたら、すべてが宝物だな、と思えたので一つだけここに再掲します。2019年に描いたものです。






2019年に書いたものなので、情報は当時のものです。ご了承ください。

ひとりのファンにできることなんて限られてるけど、私はとにかくこの格好いいひとたちを少しでも色んな人に知って欲しくて必死だった。
ブクガが端っこにいる世界なんておかしい‼︎ってずっと思ってた。
もっとたくさんの人に見つけて欲しかった。
今からだって遅くないって思う。
何かを好きになることに「もう遅い」なんてこと、ひとつもないって信じたい。



つい先日の5月30日のこと。ブクガが舞浜アンフィシアターで削除されてからちょうど一年後の日。
ブクガオタクの友人達と東京ディズニーランドに行った。
ブクガの削除以来、私たちにとって舞浜が「こわい場所」になってしまったからだ。悲しい記憶を消すことはできなくても、少しでも楽しい思い出を舞浜で作ってトラウマを払拭したかった。

https://note.com/kiokunohanataba/n/nd713e61b4843

(この日記に登場するメンバーです。)


あの時 Maison book girlがMaison book girlとしての命を使い切ったのだとしても、繋いだ手を解けなかった(解きたくなかった)私は、叶わなかった夢に半身を引きちぎられて亡霊になってしまった。
あの日から時間が止まった舞浜で、叶えたかった夢を探してずっと泣いてる。
私は、私の亡霊をすくいたかった。

ドレスコードはブクガのグッズ。喪服に見立てて黒い服でまとめること(ブクガのグッズは大体黒い)。
この格好で夢の国をとびきり楽しんでやりたかった。
自分なりの皮肉で反抗だった。
これはブクガメンバーの新しい活動が少しずつ発表されていた時(半年ぐらい前?)から決めていて、たとえ私一人でも行ってやるって思ってたんだけど、みんな賛成してくれて嬉しかったな。

ディズニーランドで遊ぶのはかなり久しぶりで純粋に超楽しかった〜。
まさに「夢がかなう場所」を身をもって体感したし、その分、ここで「僕らの夢はいつも叶わない」って歌ったMaison book girlのことを考えては心が潰れちゃいそうにもなった。
舞浜アンフィシアターにも行ったよ。多分、一人だったら辛くて来られなかったとおもう。

亡霊になった私の全てはまだ取り戻せなくても、その半分くらいは抱きしめて連れて帰ってこられたかな。


大好きな人たちがした決断を認めたいけれど、「格好いい終わりだったね」なんて簡単できれいな言葉にしてほしくなかったし、したくなかった。
ブクガのことも、このどうしようもなく寂しいという気持ちも、時間を経てただの思い出になるのが耐えられなかった。
この一年は、ずっとその感情と戦ってきたように思う。
今でもいろいろ、たくさん、考えるけど、最後はやっぱり「もっとみたかった」。夢があるなら叶えて欲しかった。この気持ちに行き着いてしまう。
選ばなくてよかった未来なんて本当はなくて、私たちは選べなかった道と選んだ道を両方握りしめていて、それでも選んだ方の未来が「正しかったんだ」と思えるように、頑張って生きていくしかないんでしょう?

だけどわかったことがある。削除の先で出会えた、確かに大切なもの。
和田輪ちゃんの歌声の魅力が詰まったかわいいCD。
葵ちゃんがキネマ倶楽部の階段をゆっくり降りてきた瞬間。
古正寺さんに向けて水色と赤色のペンライトを振ること。
唯ちゃんは今何してるのかなって考える時間も、私にとって紛れもない「たからもの」なのは間違いがない。


その上で、
狭いライブハウスに響く揃った足音と変拍子クラップ。
新宿のタワレコで人波の隙間から目に焼きつけた金髪。
初めて一人遠征した長野のカフェで食べたアイスの味。
渋谷WWWで体験した水中みたいな光の影と優しい色。

全部ぜんぶ、忘れたくない。忘れない。
生きていたら記憶は薄れていくけれど、消えそうになったら何度だって思い出す。
私は、ずっと憶えています。


Maison book girlで在ってくれた4人と、
その周りの人たちと、
あのとき同じ音楽を愛した私たちのこれからが、どうか明るくてやさしいものでありますように。


出会えてよかった。嘘じゃないよ。
私はこの先も、Maison book girlのことが大好きです。

ずっと、ありがとう。しあわせでいてね。


オタクより。

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