Fiction
夢の最後の瞬間を、今も震えて思い出す。
2021年5月30日
舞浜アンフィシアター
Maison book girlのワンマンライブ
SolitudeHOTEL404
家を出るのが遅れた私は、開演予定時刻の17時前ギリギリに到着した。
場内に入るとほとんどの人が既に着席していたので、焦りつつスマホに表示されたチケットを見ながら座席を探す。
Eブロックの前から5列目。半円形状のステージを上手側から眺められるドセン。
思っていたよりずっと近い。
(・・・すごい、いい席だ。)
周りの様子を伺いながら腰を下ろす。
開演は予定より10分遅れていて、観客の緊張感が大きな雲のようにホール全体を覆っていた。
私もとてつもなく緊張している。
心を落ち着かせようとカバンを抱きしめたとき、どこからともなく黒い影がやって来て、音もなく私の隣に座った。
影は静かにナイフを取り出し、私の背中にそっと当てこう言い放つ。
「もう、ここからは逃げられないんだぞ。」
背筋に感じる冷たい感触に、喉が塞がれる。
このライブが始まってしまったら、今はまだ不確定な「終わり」が確信に変わる瞬間がきっと訪れるんだろう。その時、私はこのナイフで刺される。
今までの私は、ここで死ぬんだ。
いつか来るこの瞬間から逃げられないことなんて、ずっと前から知っていたはずなのに。
震える声で答える。
「それでも、ひとつ残らず焼き付けたいの。」
だから私は、ここへ来た。
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ほんの少し経つと、それまで流れていたインスト曲が途切れる。
暗闇。
突然、爆音でlast sceneが鳴り響く。
慣れ親しんだイントロと違う始まり方をしていたので、反射的に不穏さを感じた。気持ちが悪かった。
真っ白な衣装を身に纏ったペストマスクが現れた。ブクガのライブに通うようになってから、何度も見たその姿。ステージにあいつが現れると、いつも不可解なことが起きる。
大きな白い鳥は舞台の前方へ進んでいく。
不穏の象徴にも思えるその姿を、目で追いかけた。
ステージ中央に青い紙が落ちている。
ペストマスクがそれを拾って開くと、ブルースクリーンと「Maison book girl」のURLが現れた。この一ヶ月間、何度も目にした文字列。
開くたびに不安で不安でたまらなかったあのサイト。
ああ始まってしまう。もう誰にも止められない。
画面に大きく映し出されたのはSolitude HOTEL4Fの文字。
聞こえる秒針の音。
あ、巻き戻された
ここはホテルの10階でも????階でもない。4階だ。
私は、Solitude HOTEL4Fを知らない。
もちろん映像では何回も見たからどんなライブだったのかは知ってる。ただ、自分の目で見て、体験をしていないのだ。4Fが行われたのは2017年の12月28日で、私が初めてブクガのライブを観たのは2018年の1月23日。
自分がブクガに出会うべくして出会ったタイミングはここしかなかったと自負しているから、今更駄々を捏ねたりはしないけど、ちょっと惜しかったな、とは思う。
SolitudeHOTEL4Fは、ブクガを語る上で欠かせないステージだから。
私たちが今いるのは404号室だから、同じ階でもあの日とは違う場所に連れて行かれちゃうのかな。当時の4Fとは別物だとしても、あの日のことを追体験できるのはこんな時でも何だか嬉しかった。
SEとともにメンバーが袖からゆっくりと歩いてくる。大きなフードが印象的なcotoeriの衣装だ。
初めましてをした時もこの衣装だったな、とぼんやり思う。
Fictionがリリースされた時に、今までの衣装は切り刻まれてしまったのかと勝手に思っていたので、思い出の詰まった服がまだ生きていたことを純粋に喜んだ。
上手側から、井上唯さん、矢川葵さん、和田輪さん、コショージメグミさん。
全員がステージに並び終わった時、すこしの違和感に気づく。
薄暗い空間の中、4人の輪郭がやけにぼやけていた。
はじめはスクリーンを一枚隔てた向こう側にいるのかと思ったけど、それにしてはおかしなパースがついていて厚みも奥行きもない。
もしかしてVJだけじゃなく、メンバーまでも映像なのか。
・・・4人は今、どこにいるの?
「sin morning」
歌がはじまった途端、右側から衝撃を感じた。
音に、殴られている。
おそらくスピーカーに一番近い席だからだろうか?
唸るような重低音が内臓を揺らす。上手く呼吸が出来ない。怒鳴り散らすような音に反しメンバーの歌声はやたら遠く、だんだん不安になってくる。あまりにもアンバランスだ。
「rooms__」
「何もかもがあって、何も無くなるの。」
「安心していいよ、全部無くなるの。」
たとえ虚像でも、無音の中に響く靴音はハッキリと聞こえた。ああ、何度味わってもこの瞬間が大好きだよと思う。
音と光が明滅を繰り返すこの狭い部屋の中で、4人の存在をクッキリと証明してくれるこの靴音は何よりも尊いものだった。
灯りが消える。
「叶えたかった夢の途中 光を消した。」
「lost AGE」
「end of summer dream」
「veranda」
「bed」
薄暗いスクリーンの中
目の前にいるようでいない4人の残像を、自分の目で捉えるのに必死だった。
急に怖くなって考える。このままずっと映像だったらどうしよう。自分の目で生のパフォーマンスを焼き付けられなかったらどうしよう。
最後かも、しれないのに?
(この「最後かもしれない」という気持ちがライブを見る上でいっちばん要らないのに、ずっとまとわりついてきては余計な感情を煽るので嫌だった。)
ひとつ残らず焼き付けよう、という決意があっけなく崩れ去ろうとしている。
それくらいいっぱいいっぱいで、冒頭が映像にされた意図を理解できなかったし、しようとも思えなかった。大好きな曲と不安が入り混じってぐちゃぐちゃになり、思考が自分の制御から外れていく。
ただ曲が変わるたびに、今まで行ったライブのセトリや思い出を重ね合わせて必死に気持ちを保っていた。
bedを終えると少しだけ画面が明るくなり、MCが始まる。
「Maison book girlです」
視界がぼやぼやする。
大好きなのに、遠いなあ。
それとも、だいすきだから遠いのかなあ。
「初めてライブに来てくれた人もいるのかな?」
いつもと変わらないMCの調子に、少しだけほっとする。のも、束の間
「この公演ももっと早くやる予定だったのですが・・・」
その言葉を聞いてぎくりとした。思わず泣きたくなる。
が、意味を考え出したらさらに集中できなくなりそうなので、深追いはやめた。
『ピッ』
ーー明らかに異質な機械音がした。映像が乱れる。
平然とした調子で葵ちゃんが言う。
「きいてください。cloudy irony」
一呼吸おいて流れ出すイントロはcloudy ironyではなかった。ここでやっと自覚した。私はもう、正しい場所には戻れない。
Karmaはグラデーションを描いてriverへと変化した。
砂嵐がうごめき、4人を塗りつぶしていく。
その時ちいさく地鳴りのような音がして、座席が僅かに揺れた。
えっ、まさかこんな時に地震!?と焦って少し周りを見まわした後、ステージに視線を戻して愕然とした。
舞台上に、大きな「穴」が空いていた。
「海辺にて」
やってきたサイレンの音。
一体何が起きるのだろう。怖くて耳を塞ぎたいのに、身体が動かない。
ステージに白い煙が立ち込める。
目を見張り、瞬きを忘れた。
ステージに開いた大きな暗闇から、ゆっくりと光を連れて、Maison book girlが現れた。膝を抱えてうずくまり、等間隔でそこに居る。
Maison book girlのロゴが入った真っ白な初期衣装が
柔らかく光を反射して、4人の周りに神聖な空気を作っていた。
それはまるで生まれたてのなにかを見守るような気持ちだった。
「夢の中で離した手は、そこに忘れ物しただけだったの。今はもう、ひとりじゃない。夏が過ぎて、晴れた朝の横顔笑っていた。」
ブクガの曲の主人公は、いつもひとりだった。
狭い部屋で、孤独を抱えて泣いているようだったから、聴いている私も心を許した。音楽を通して、個と個で向き合えている気がしたから。
ひとりで音楽を聴き、ひとりでライブを観ることも心地よかったんだ。
そんなブクガだからこそ、「ひとりじゃない」って歌ってくれることが何よりも救いだった。
オレンジ色に照らされた舞台に、白いスモークがさざなみのように流れこむ。
夕暮れの海に背中合わせで佇む4人が綺麗だった。
僕らはひとりじゃない。心の中でそっと繰り返す。
「レインコートと首の無い鳥」
フォーメーション移動が目まぐるしい曲を、いつもと違う視点から見られるのは貴重だ。
和田輪ちゃんの初期衣装ってシャツのお尻のあたりにロゴがプリントされてたんだ。知らなかった、かわいいな。
首を狩られる動きにあわせて、長い髪が小さく風を切り、さらさらと落ちていく。
「消える部屋の中で ひとつひとつ記憶を許すの。」
曲の終盤で鋭い光がステージを円形に切り取り、何かが下から迫り上がってきた。
登場したのは冒頭で観たcotoeri衣装を着た四人組。
Maison book girl・・・のような「誰か」だった。
召喚されたもう1つのMaison book girlは、人形のような無機質さでどこかつめたい空気を纏っている。怖い。肌がゾワリと粟立つ。
背中につめたい切先の感触を感じた。
「town scape」
town scapeを初めて見た時のこと。
ほとんど客席を見ず、何かに祈りを捧げ、4人だけで完結しているような振り付けに度肝を抜かれた。
今日のtown scapeは、今まで見てきたどのtown scapeよりも儀式めいている。
順番に身体を折り曲げていく2組のMaison book girl?
8人で手を繋ぎ円を描いていくMaison book girl?
私はただ、グランドピアノの蓋を開けて、ハンマーが弦を叩くさまを眺めているような気持ちでいた。よく知ったcotoeriの衣装に身を包んだ4人組は、決して取れないフードで顔が見えず、見知らぬかたちをしている。
あなたたちは誰なの、そう考えるだけで壊れてしまいそうだった。
落ちサビ前に入るクラップが儀式の手伝いに参加してるみたいで好きだったけど、今日はできなかった。ライブでこの曲のパフォーマンスを見るたびに感じていた、「儀式みたい」の答え合わせがまさに今、目の前で執り行われている。
長いアウトロ。
そこで対峙する2つのMaison book girlの画はあまりにも美しくて、決して合わせてはいけない鏡を合わせ、見てはいけないものを目撃してしまったようだった。
4人と4人は片手で顔を覆いながら、ゆっくりと振り向いていく。
目が離せない。その仮面を、剥いではいけない。
曲が終わる瞬間、いつもはコショージさんだけが翳していた手を下ろし、射抜くような瞳を露わにする。
だが今日は対岸にいるもう1人も、その動きをトレースするように仮面を剥いだ。
2人の間に、火花が散って落ちた。
「言選り__」
見知らぬ4人は客席に背を向け体育座りをしながら、向こう側で踊るブクガをじっと眺めている。私はただ、あの位置からブクガのダンスを見られるなんていいな、特等席じゃん。とか、馬鹿みたいなことを考えたりした。
レーザーも一緒に踊っているように揺れるのがかわいい。
「朝の光が冷めてく、優しい窓壊してく。こぼれた夢を助けても続きは扉が塞いでる。」
見知らぬ4人は手を振って、静かに消えて行った。
「闇色の朝」
真っ暗闇が、再び大きく口を開ける。
「眠れる森の話」
そこで始まったポエトリーリーディングは、私の知らない本だった。くぐもった規則正しい音を立てて、ステージの床が回り出す。
回転する舞台の中心でコショージさんが歩き出した。月の上を歩いているみたいだ。息を潜めて、その動きをじっと見守る。
気付くと、眠れる森の中に迷い込んでいた。とてもとても大きな木のシルエットが、二月のつめたい月光に照らされて浮かび上がる。
本を片手に森の中を進んでいくコショージさんは、骨のように白い。
同じく本を手にしたメンバーがやってきては、その周りを順番に、惑星みたいにやさしく回る。
(袖から出てきた和田輪ちゃんが動いている床に乗り込むとき、スコッと躓いてよろけるのを目撃してしまい思わず口が緩みました。降りる時もそーっと脚を出していて可愛かったです。)
秒針がカチッと音を立てて重なり、そして。
『物語は巻き戻った』
鐘の音から逃げるように、ふわふわの青いうさぎが私の目の前を駆けていった。
「長い夜が明けて」
「狭い物語」
崩れていく夜に訪れた静寂を切り裂くとき。
真っ赤に染まった世界に色を取り戻すとき。
葵ちゃんの歌声は、いつもいつも希望だったよな。
たとえ残された景色が白と黒だけになっても、その事実は決して揺るがなかった。
「夢」
流れるクラップ音だけが、歌声にぴったりと寄り添っている。
ブクガらしさはこの4人の声なんだといつかのインタビューで言っていたけれど、その言葉をまさに証明していた。4人が積み重ねてきた時間を丁寧に束ねて、私たちに教えてくれているようだった。
美しかった。ずっと覚えていたいと思った。ずっとずっと続いてほしかった。
何かを好きになって追いかけている時、それまで抱いてきた「好き」の気持ちが集束して爆発するような瞬間がある。
今みせてくれているこのパフォーマンスと目の前の存在が、全ての答えだった。
消えたゆめ。本当のことは いつも ゆめに そっとしまってる
Maison book girlことを好きになってよかった。
「blue light」
ただ眺めていました。
夢のようなターンでした。
「十六歳」
最後のサビだったかな。交差点を駆けていくとき、和田輪ちゃんとコショージさんが軽くぶつかってしまった。その時ほんの一瞬だったけど、2人の表情と纏う雰囲気が和らぐのを感じて、どうしようもなく愛おしかった。
こんな非現実的なライブを行っていても、今目の前にいるのは紛れもなく生身のブクガなんだ。
「愛されたいとか思ってもいいの。きっと誰かは泣いてるの。交差点の中で 見失っていった手と手、冷たい日の朝。」
さいごにこちらを向いたコショージさんは、
見たことがないほど穏やかな目で、笑っていた。
「snow irony_」
回転床の上で展開されるサビが特別だった。
「見たくない 見たくない 見たくない 見たくない。」
順番に回ってくるメンバーひとりひとりと目を合わせるようにしながら、振り付けをちいさく真似する。周りの人もパラパラと振りコピをしていて、9Fの最後の和やかな感じをほんの少しだけ思い出した。
隣の影も微かに笑っているような気配がする。
ステージ側と客席側が、お互いの視線をキャッチボールできる唯一の時間だったように思う。
ブクガの事がすきだよ、そう気持ちを込めながら見守った。
あの景色、4人からはどう見えていたのかな。
「Fiction」
4人がふたたび膝を抱えて蹲る。
コショージさんから立ち上がって、葵ちゃん、唯ちゃん、和田輪ちゃんと順番に歩いていく。
指でファインダーを作り、4人揃って遠くを覗くような振り付けが好きだ。ミキちゃんが作るダンス特有の、だけどしっかりブクガのことを表している振り付け。
長い落ちサビ前。叙情的な空気感から、HIROMI先生の振り付けへと一気に切り替わる。
眩しい光が差す。
高く脚を蹴り上げる。
その直線に目が奪われる。
身体をめいっぱい使って表現するダイナミックさがブクガに加わると、もう無敵だった。
光と光のあわいに折り重なって息付く4人はひとつの生き物みたいだ。
落ちサビが来る。葵ちゃんのソロ。
「柔らかい羽を捥いだら きっと 君といた部屋に戻る 最初の約束をした日 ずっと 忘れない 晴れた日に」
涙の音が混じっていた。最初のオンラインライブと重なって、一緒に泣いた。
この曲はブクガの「歴史」なのだと、歩んできた道なんだと今になって思う。
ね、これからも一緒にいられる部屋を、今からでも探せないのかな。
そこで忘れられない約束を何度だって交わせたら、どんなにいいだろう。
「non Fiction」
「手紙を書きます。」
ステージの奥にひとり、葵ちゃんが佇んでいる。
「僕は、君になりたいと思っていました。」
舞台の手前にはいつの間にか、ビニールに包まれたなにかの塊が置いてあった。
ポエトリーを語りながら歩いて来た葵ちゃんは、その側に座り込む。
「きみは笑うでしょう?」
ハサミだ。
「きみは泣いたり、する、でしょう?」
葵ちゃんは声を詰まらせながら、塊に刃を入れていく。ビニールを切り裂く音が、やけに生々しく耳に届いた。時々震える声に胸が押し潰される。
破れた透明の膜からは、おおきな白い鳥が生まれた。
「手紙を書きます。」
上手側から現れる和田輪ちゃんと白い鳥。
「君はもうひとりの僕だったらいいと、思っていました。」
これまでと様子が違い、きれいな髪を振り乱すように感情を露にしていた。
∞Fでのbath roomや、LandmarKのレコーディング風景が頭をよぎる。
いつもにこやかな彼女が内に秘めた激情を垣間見せるとき、胸が苦しくなるのはなぜなんだろう。
和田輪ちゃんの感情に呼応するように、白い鳥も激しく踊り狂っていく。
みずうみが燃えるような声だった。
「手紙を書きます。」
今度は唯ちゃんの番。
カーテンのようにかかった髪が、横顔に青白い影を作っている。後ろのスクリーンには白い鳥の映像が大きく映し出されていた。
「あてもなくふらふらと透ける景色に、殺されたのはいつですか」
前の2人より感情が読めなかった。フラットで少し舌足らずな、いつもの大好きな唯ちゃんの声。
「見えなくて聞こえなくて。何も持ってなくて。どこにもいなくても、平気だった。」
長い髪の隙間から、わずかに瞳の光が反射して見えた。
唯ちゃんは、ただずっと前だけを見つめていた。
3人が手紙を読んだ。最後は、
「僕は、君になりたいと思っていました。」
大きなソファが、コショージさんと白い鳥を乗せて静かに佇んでいる。
白い鳥は、本を手にしていた。
「君はもうひとりの僕だったらいいと、思っていました。」
コショージさんの背中越しに、白い鳥と目が合った気がした。おおきな瞳の真っ暗な穴に吸い込まれてしまいそうだった。
「あてもなくふらふらと透ける景色に、殺されたのはいつですか」
歪むソファに立ち上がったコショージさんは、鳥の手から本を奪う。
「誰かと同じと気づいたときに、簡単に手放してしまいたくなる感情が、僕のまわりにはたくさん落ちていて、」
本から手を離す。
スローモーションで落ちていく。
ぱたり。
「また誰かが拾ってくれるのを待ってる。」
少し重そうに見えた本は、想像よりずっと虚しい音を立てた。
「君は笑うでしょう、君は泣いたりするでしょう」
「君のにおいがなくなって、僕のにおいに変わっていくのを、ただ抱きしめて」
「抱きしめた分だけ、君が居なくなる。」
「それすら忘れて、別人のような僕になるのはもっとこわくて。」
「みえなくて きこえなくて」
「何も持ってなくて。どこにもいなくても、」
「平気だった。」
気付くと4人がソファのまわりに集合していた。
「そんなふりをした。」
「あの森で。」
「夢の中で。」
「水の底で。」
「雨の街で。」
「教室で。」
ーーーーーーーーー。
「「「「ぼくをみつけて」」」」
ーーーガン!ガン!ガン!
真っ暗闇の中、重くて硬いものを力一杯ぶつけたような金属音が鳴り出した。工場、鉄の味がする。その音に合わせて白い光がステージの左右で激しく点滅していた。
光の残像で焦げそうな脳を抱えながら、薄暗い舞台の奥で佇んでいる白い鳥の姿を見た。
音と光のストレスは止まない。
いっそ一息で殺してくれ、喉を掻きむしりたくなる衝動が限界にまで達した瞬間、
おおきな爆発音と共にステージから何かが噴き出した。 突然、視界が銀色にきらめく。
ああ夕立だ。
不快で、こわくて、きれいすぎる雨。
私はゆっくりゆっくり落ちてくる銀色を両手で掴んだ。
そっと光にあて確認すると、それには何も書かれていなかった。
よかった。ただの銀テープだ。
掴んだ銀テープがカサカサと音を立て、たった今私の手は震えているんだと知る。
二丁魁の中野サンプラザワンマンの後、唯ちゃんが「上から物が降ってくる演出いいな〜」なんて呟いていたっけ。
遂にブクガのライブでも銀テープが舞う日が来た。それが、今日なのか。
じりじりじり
ぐわんぐわん
命を燃やす蝉たちの鳴き声が、ホールいっぱいに満ちている。
夏の暑い日差しがフラッシュバックする反面、指先だけがどんどん冷えていった。
「???????」
私たちの耳に馴染みすぎているあのクラップ音が流れたから、bath roomが始まったのだと思った。
でも違った。聴いたことのない歌詞と、見たことのないダンスだった。
焦る。
きっとこの曲で何かメッセージを伝えてくれているんだと、もうほとんど残っていない冷静さを掻き集めて集中するのに、まるで遠い国の言葉みたいに歌声が耳を滑っていく。
「いくつもの夢を見たその先でまた君と出会えたね」
そういうニュアンスの言葉が耳に届いた。
うん、そうだよね。
心のなかで返事をした。いつも夢みたいなライブの度に、私はブクガと出会いなおしていた。
「運命を救えない」
すくえない、そう聞きとった瞬間、なにかが決壊した。
ブクガに出会って救われなかったことなんて、一度も無い。
手のひらから砂が溢れ落ちていくような感覚の中で、何とか受け取れた言葉はたったこれだけだった。
わずかな言葉だけで勝手な意味を想像するのは間違っていると思う。だけどその五文字が、ただただ胸に突き刺さって、痛かった。
ワンマンライブの少し前に更新されたコショージさんのブログで、ポエトリーじゃない曲の歌詞を書いたというような記述があった。
それを読んだ時「なあんだ新曲あるんじゃん」って、だから大丈夫って自分に言い聞かせていたけれど、あの祈りの綱にしていたのはきっとこの曲だったんだね。
ーそのとき、和田輪ちゃんの後ろ姿を見てハッとする。
そんな、まさか。
急いでメンバー全員を確認する。
絶望した。
メンバーの衣装から、「Maison book girl」の文字が綺麗に消えている。
グサリ。
何かが背中に突き刺さった。
「last scene」
イントロが流れ出した途端に確信してしまった。これが、最後の曲だ。
ただの白いシャツが悲しいほど眩しい。
・・・そんなの嫌だ。
ドクドクと身体中に血が巡る。耳が焼けそうなほど熱い。
抵抗虚しくステージの照明は徐々に落とされ、やがて完全な暗闇となった。
異常なまでの寂しさに襲われる。
ワンマンライブでのlast sceneは、舞台の床に設置されたミラーボールを使う演出がお決まりだった。放射線状の光がいっぱい広がって、会場全体がおおきなプラネタリウムみたいになる。そのキラキラを浴びながら、光の隙間を縫うように歌って踊る4人をみるのが、私は大好きで、大好きで
だけど今日のlast seceneに大好きないつものあの光は無かった。
それでも踊り続けている彼女たちを、目を凝らして焼き付けようとする。
足元が見えなくてもこんなにしっかり踊れるのって、本当にすごい事だよ誰にでもできる事じゃないよと思う。
中盤、4人が踵を返しはじめた。
舞台袖に向かって駆けていく影たちを必死に追いかける。
待って。いかないで。
心の中で叫んで繋ぎ止めようとするのに、4つの影は次々と見えなくなっていく。
コショージさん、葵ちゃん、和田輪ちゃん、ひとりひとり。
やわらかく跳ねる唯ちゃんの髪がカーテンの奥に消えていくのを祈るような気持ちで見届けた瞬間、それは訪れた
「僕らの夢はいつも叶わない。」
「きっと。」
ブツン・・・ッ
暗闇に背中を突き飛ばされる。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
しばらくの沈黙の後、明かりが点く。
「本日の公演はこれにて終了いたしました。〜」
みんな困惑しているのだろう。拍手のはじまるタイミングがいつもより遅かったと思う。
ただ呆然としていた。目の奥に残る光の残像で頭が痛い。腕に力が入らない。
終わった。終わってしまった。
・・・何が?
ナイフを持った影は、傷だけを残して忽然と消えていた。
足元には、銀色の残骸が散らばっている。
非情にぶつ切られた「僕らの夢はいつも叶わない」という言葉だけが、脳裏にずっと反響し続けていた。
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