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【短編(1/3)】アトラクターの上を歩いている

序章

「近未来を予測する方法? このゲームをやったらそれが分かるって言うのか?」

 ヴァンは懐疑的な顔を向けるが、友達はニヤニヤと楽しそうな笑みを崩さない。絶対に何かある。
「ま、騙されたと思ってやってみろって」
「嫌なんだけど」
「騙されろって」
「…………はぁ」

 強情なまでに表情が崩れない。こういうときは諦めるしかないことをヴァンは知っていた。

「でもさ、USBに入れてきたソフトってのが怖いんだけど」
「そりゃ俺の自作だからな」
「……は?」
「さあさあ、インストール終わったぞ」

 いつの間にかパソコンに挿し込まれており、モニターにはスタート画面が堂々と映し出されている。

「なんかアナログだな」
 とはいえ絵やらUIのクオリティはやたら高い。
「ちょっと長いけど付き合ってくれ。ああイヤホンは要らない」
 友達が『start』をクリックし、画面は一度ブラックアウトしてから白い文字を表示した。

『 00 狩猟採集時代 』


「ノベルゲームか?」
「正解」

 続いて、腰回りに布を巻いた大柄の男が石器の槍を持ってマンモスに立ち向かわんとする絵が映し出された。

『動物、魚や貝、果物など、当時の人々はその日を生きるために毎日歩き回っていました』

『食べるものはいくらでもありますが、食べられるかは腕と運次第。そのため、毎日のように神様に祈りました。神様は時に恵みをもたらし、時に罰をもたらします。だからこそ祈り続けました』


「『そして、狩猟の才能がある人間が称えられる社会でした。なにせ命に関わるのですから』――か。これ、歴史の勉強じゃないか」

 露骨に嫌そうな顔をするヴァンに友達は「まあまあ」となだめるように言う。

「重要なのはこれ」
 次に映し出されたのは岩壁に描かれた赤い顔料の絵。蛇のように見える。

『人々は部族ごとにそれぞれの神を信仰していました。それゆえに戦うこともあり、また互いの神を称え合うことで協力関係になることもありました』

「部族ごとの神――か」
 ヴァンは妙な引っかかりを覚えたが、しかし判然としない。
 その様子を友達は一目で見抜き、ゲームを次に進めた。
「さあ次だ。食料が得られるか不安を抱えながら生きていた人たちに、農耕が発生するんだ」



第一章 農耕革命

 01 農耕時代

 ブロンドの髪をして白いボロボロの服を着た男女がこちらに背を向けて立っている。二人の眼前には金色の小麦畑が広がっており、森の手前まで続いている。

「へえ、当時の服ってこんな感じなんだな」
「いや知らない。適当に書いたから」
「おい」
「いいんだって。こんなのは些細な話だから。重要なのは『どんな生活をしてるか』だから」

「やはり祈りは通じる。だからこそ、今年もこうして確かな実りを得られたのだから」
 男は天に拝むように手を組んで、こうべを垂れた。
「毎日毎日、明日生きれるかを彷徨さまよっていた時代はとうに終わり、今はこうして集落の人間を養えるだけの食料を確保できるようになった。神は救いをもたらす存在だったのだ」

 続いて女が両手を空へ伸ばす。
「かつては採集に優れた人間のみが活躍できたが、今は違う。誰もが働くための地位を与えられ、それを全うすることで確かな実りを得ることができる」

『こうして農耕によって安定した生活が送れるようになった人類は、封建制度を形成するようになりました。つまり、領主と農奴の関係です』

「マジで歴史の勉強だな、こりゃ」
「未来予測の基本は視野を広げることなんだよ」
「過去を知れば未来が分かるってことか?」
「ある程度ね。とりあえず、農耕という革命によって狩猟採集から封建制度に社会の仕組みが切り替わったことと、能力のある人間以外も役立てる社会になったことだけ憶えておいてくれ」
「分かったよ」と投げやりに言ってヴァンは画面に向き直る。


『農耕の発達によって人々は、その日暮らしから未来を考える生き方へとシフトしました。土地の広さと収穫までの期間を計算し、どれくらいの民を養えるのかを考えます。人口はそれに合わせた人数となり、職業の比率もバランスを取っていました』

 石の塀で囲われた都市を俯瞰ふかんで捉えた画像が映し出される。中世ヨーロッパ風と言うべきか。そこに四人のキャラクターの立ち絵が登場。

 農夫が言う。
「我々が育てたものが人々の生活を支えている。それで人々が生きていける」

 商人が言う。
「農家は作物を作り、その農家のために鎌とかを作るやつがいて、服を織る人がいて、食器を作るやつがいて、そういったものを扱うのが俺たちの仕事さ」

 領主が言う。
「野蛮な侵略者や領土内での争いなどに対し兵士を揃え、領民を生活させていくために土地を整備し、貿易などのために他の領主や国王などとも交渉する。全ては安定した暮らしのため」

 司祭が言う。
「与えられた役割を全うしなさい。そうすればみなが平和に生きられる。それが神の御意向です。そうすれば、神は我々に救いをもたらすのです。種を植えれば実るように、信じれば報われるのです」

『安定した生活こそが彼らが幸福になる方法でした』


「蟻みたいな生活だな」
「でもそれが人々を平和にしてくれる社会の在り方だったんだよ。狩猟採集時代の不安定性から解放されたし、役立たずが殺される時代が終わったからね」
「なるほどなぁ。でもサボるやつだっていただろ? これだけ身分がきっちりしてると、それだけで制度が危うい気がする」
「実際にはいたと思うよ。たぶん、だから監視役みたいなのも役職としてあったんじゃないかな。ま、そこら辺は知らないけどさ」
「それでいいのか……」

「時代考証は放置してくれ。大事なのは時代の大まかな流れなんだって」

「まあいいけどさ」
「ほら続きいくぞ。サボるやつがいたとかそんな話じゃない大問題が起こって、この社会は長くは続かないんだよ」


 黒い服を着た人は言う。
「とにかく祈りなさい。貧しく生きることこそが素晴らしいことなのだから」

 白い服を着た人は言う。
「とにかく働きなさい。身分なんか関係なく皆が働くのです。働かなければ死んでしまうのですから」

 白服の人たちは馬を連れており、その足には蹄鉄があった。これは馬が足をダメにしないための対策だ。彼らは続ける。
「自然とは悪魔なのです。森とは敵なのです。伐採しなければなりません。そして農民のために土地を作るのです」

『黒服の人々は神の教えに従い貧しく生きることを是としていました。一方、白服の人は自然は人類を脅かす敵と認識し、神が作った人間こそが素晴らしいと考えていました。彼らは敵を排除し、生活を豊かにすることを考えます』

 そこへ農民が登場。
「それには反対だ。おまえらの神様なんか知るか。森には神様が宿っているんだ。神聖なものなんだ」
 白服の人は言う。
「いえ伐採するのです」

『白服の人たちによって森が一危機に減り、収穫量が増えました。それで渋々農民たちも参加するようになり、更に収穫量が増え、それが人口を爆発的に増やすことに繋がります』

『しかし増えた収穫量に対して人口の増加は激しく、更に森を切り開き』
『やがて森は無くなり、そして資源が限界を迎えます』


 02 宗教全盛期

 暗澹たる曇り空の下、人々は協会で祈りを捧げている。
『資源が不足した世界で、人類は質素な暮らしを余儀なくされました。当然安定した食料の確保が厳しくなり、そして生死の境目を漂うような生活となりました』

 男が言う。
「働くな。最低限しか働くな。じゃないとまた食べるものが減ってしまう」

 女が言う。
「欲なんてのは悪よ。時間は出来る限り祈りに捧げるべきなの」

 爺さんが言う。
「全ては神様の思し召し。日曜日にはお祈りをして、敬虔に生きることこそが救いのためには必要なことだ」

『このときすでに神様のことが語られた書物が広まっており、それに関した芸術などが生まれ、人々は聖なる存在を強く信仰していました』

 続いて栄養失調でやせ細った子供を抱きかかえる母親と、彼女に語り掛ける神父が映る。
「もう、助からないのでしょうか」
「大丈夫です。死んだら天国へ行けるのですから」
「ああ、我が子よ。待っていておくれ。私もいずれそちらに行くから。天国で待っていておくれ」

『まともな医療など存在しなかった時代、病気とは抗いようのない恐怖であり、死の恐怖はあまりにも深刻でした。だからこそ死んだあとに希望を見出さずにはいられなかったのです。信じれば不安が多少なり和らいだのです』


「言ってしまえば、神父さんってヒーローなんだよ。絶望と不安の中に希望の光を差してくれる存在だから」
 友達が神妙な面持ちで言ってヴァンはそっと目を伏せた。
「暗黒の時代と言われるだけあるな」
「で、このあと、新しいヒーローが現れるんだ」
「へえ、誰?」
「科学だよ」


 聖職者の男が登場。
「神様はこの世界をどうしてお創りになったのだろう? 解き明かせばお心が分かるかもしれぬ。きっと素晴らしいものに違いない。解き明かし、神様の御業を讃えようではないか」

 そこへ三人の聖職者が登場。
「そんなことせずとも神は偉大だ」
「人間風情で神の心を知ろうなどと不遜だぞ」
「いいから祈れ。祈ることが大切なのだ」

「いや。それでも私は世界の真実を解き明かす」

『科学と呼べるものの多くはずっと昔から続いていたことですが、明確な科学の発端となったのはこの頃でしょう』

『その後、新大陸の発見によって資源不足の閉塞感が一気に解き放たれます。光の差した世界で人々は増々神を崇め、同時に世界を解き明かしていきます』
『祈りが通じたに違いない。この宗教は世界を救うと考え、航路が確保されたこともあって熱心な信者が世界中に布教して回ります』

 汽車の絵が出る。
『しかし解き明かせば解き明かすほど、それは人類の生活を良くするものであり、人々は科学の素晴らしさに魅了されていきました』

「ここで第一章終わりか。長かったな」
「ここまでの流れをまとめると――」

00
 狩猟採集時代は資源は豊富にあったが安定性に欠けていた。
01
 それを解消する農耕社会となって安定性を獲得。生きるのが楽になった。資源も十分ある。
 しかしやがて資源が枯渇して安定性への信頼が崩壊。
02
 逃れられない不安から宗教という抽象的なものに縋るようになる。
 神様の真意を求めて科学が発達。

「――って感じ」
「なるほど。生死にまつわる不安から時代が動いてるんだな。資源はあっても安定性がなくて、次はどっちもなくなって」

「正確には『人間はいつだってより楽になれる方へ向かってる』ってことなんだ。安定が幸せにしてくれて、神が幸せにしてくれた」

「で、次は科学が幸せにするって訳だ」

「ああ。狩猟採集時代から農耕革命によってパラダイムシフトが起こったように、ここから次のパラダイムシフトが起こる」
 友達は次へ進めた。

「新大陸の発見があって資源問題に光が見え、宗教から発生した科学が次々と技術を生み出していく。そして、その先に、産業革命がやって来る」


最後まで読んでいただきありがとうございます