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【短編】たい焼きの三分間

『個性に合わせた教育。その子の才能を伸ばしましょう』

 それで私はバスケをやるようになりまして、この夏、私よりも遥かに才能のある方々を前に無様ぶざまに散ってしまいました。小学一年から高校三年までの十二年間を費やしてこの結果なんだから将来性はないしょう。おしまい。

 ということで、私は現在、何もやる気が起こらない状態なのです。バスケが好きという気持ちは変わらないけど、「あなたにはバスケの才能があるの」と言われてバスケに特化した英才教育を受けて、そしてその唯一のものが見事なまでに粉砕されてしまったのだから、もうやる気なんてありませんよ。

 私は母にこう言いました。
「これでも個性が必要って言える?」
「大切だよ」
「じゃあ私の個性はこれからどうしていけばいいの?」
「今はちょっと壁にぶつかってるだけだって。それを突破したらうまくいくはず」

 なわけあるか。

 と思ったけど「そうかもね」と頷いておいた。言い争う気力がなかった。部屋に戻ってベッドに寝転がる。「大人って無責任だよね」なんて呟いてみた。そして溜め息。
 夏休みは今日で終わりだ。引きこもり生活も今日で終わらせないといけない。半分以上残ってる宿題も憂鬱の種だけど、一番大きいのは億劫さ。これからなんのために学校に行けばいいんだろう。

 個性は必要か?
 さっきはああ言ったけど、必要と思う。というか問答無用で存在する。世の中にはその個性で活躍してる人が大勢いるし、好きや嫌いだって要は個性同士の相性だし。

 確固たるものもあれば変動するものもあって、個性の形はそういうもんだと思う。

 問題はその一部で〝才能〟というやつだ。親や世間はこれを伸ばせと言ってくるのよね。
 じゃあ仮に誰もが何かしら才能を持っているとして、たぶん私のは箸で豆を掴むことだ。これは間違いなくバスケよりも才能がある。なんでも簡単に掴めるけど、豆だけは手こずる人が理解できないぐらいに簡単なのよ。

 多くはこういう目に見えづらい才能を持ってると思う。例えば「十二時間以上寝れる」「右手だけ関節が柔らかい」「空を何時間でも見ていられる」他にもたくさんあるはず。
 でも大人はこれを才能とは呼んでも大切だとは思わない。結局大切なのはお金を稼げる才能だから。

 じゃあ行き詰った私はどうすればいいの? これしかなかったのに。
 それでも好きだから、って続けられる人もいると思う。でも、私は無理だ。


「たい焼き食べに行かない?」
 昼過ぎにメッセージが届いた。友達の加奈子。
 断る理由は無かったから「行く」と返した。ショッピングモールに和菓子屋があって、現地で集合した。来るのはいつぶりだろう。普通の店員の普通の接客なのになぜかムカつく自分がいて、平然を装うのに苦労しつつたい焼きを買った。私はあんこで加奈子はカスタード。飲食スペースに並んで座る。

「昨日通りすがったとき匂いに物凄く惹かれて絶対に食べたいと思って。でも時間がなかったから今日こうして誘ったんだ」
 説明をしてから加奈子は頭から食べた。

「へえ」と生返事に近い返事をしつつ、私はなんとなくその形を眺めていた。鯛を模しただけでそれ以外に鯛の要素など存在しない食べ物。魚は不使用、赤くもない。白いたい焼きも同様だ。そういえばあれもブームがあったらしいけど、日本人は定期的にモチモチを流行らせないと気が済まないタチなのかな。

「話、したいと思ったんだ」と加奈子が静かに言った。私が向くのを確認して、続けた。

「才能ってランク付けがあるよね。適切な努力を同じ量やっても圧倒的な才能を持つ人の伸びって完全に異次元」

 綺麗事の一切を取り除いた痛烈な生々しさで、私はたい焼きを少し潰してしまった。

「急にどうしたの?」

「私はスポーツも絵も不得意で、顔もスタイルも良くなくて、勉強はちょっとできるけど賢い人は山ほどいる」

 そんなことを言って彼女は自分のたい焼きに表情を向ける。

「でも、あなたが言ってくれたんだ。『好きな作品をはなしてるときの加奈子が一番輝いてる』って。だから私はそれを生きがいにするって決めた。それからね、話し方を勉強するのが楽しいんだ。もっとたくさんの人に聞いてもらえると思うといくらでも頑張れる」

 えっと、その……と彼女は恥ずかしそうにして、ぎこちない動作で和菓子屋に向いた。型は閉じられ、火にかかっている。

「だからその……きっと誰かが魅力を見つけてくれる。それじゃダメかな?」
 本当は私が見つけたいんだけどね、とぼそっと呟いた。

 ゆっくり、私は潰してしまったたい焼きを見下ろす。加奈子の言葉を聞いて、そろそろ食べないとと思ったのだ。でも、ぽつりと言葉がこぼれた。
「見つけてくれるかな」

 しけった声に、彼女は温かい声で言ってくれた。

「私が言うのもなんだけど、待ってたらダメだと思う。好きなこととか、できることとか、とにかく色々やってみるしかないんだと思う」

 私は彼女を見て、同時に和菓子屋が視界に入った。たくさんのたい焼きが出来上がっていた。
 加奈子の言うことは無茶なことだと思う。それでも――。
 勢いよく、たい焼きを食べきった。

「そうだね。加奈子の言う通りだ」


 帰ると母さんが高級店のチョコレートケーキを食べていた。私は勝手にそれを一口分つまんで口に入れた。
「こら、何するの!」
「これはこれで美味しいんだけどね」
「え、なに?」
「バスケは趣味って決めたんだ」
「…………本当にいいの?」
 私は清々しい笑顔で言ってやった。
「いいの」


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