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【短編】こう語ってみた

※基岡の実験劇場※


回斗かいと、今日はどうよ?」
 るんるんと高い声で、な子は今日のコーデを彼氏に見せた。
「おっ、今日は女の子っぽい感じだ」
「でしょ? お気に入りはここのフリル」
「うん、可愛いな。それにスカートのふわっとしてる感じもいいし、ウィッグの色も可愛い」
 な子は彼氏に褒められて満足そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ行こう♪」
 蝉時雨の中を二人は行く。今日は帰るまでこのままだろう。


 夕方の教室にて、窓際に座る永子えいこは、校門横の満開の桜から視線を外し、一つ前の席に座るな子へと顔を向ける。
「ねえねえ。なんで『な子』って呼ばれてるの? 本名『劫美こうみ』でしょ?」
「音が可愛いから。『な・こ』だよ? 可愛くない?」
「そういうもん?」
「私としてはそういうものなの」



「回斗、今日の服はどうかな?」
 少し荒い雰囲気かつ低音で、な子は今日のコーデを彼氏に見せた。
「おっ、今日は男の子っぽい感じだ」
「だろ? あ、見ろよこのキャップ。良くね?」
「うん、似合ってるな」
「だよなー」
 袖まくって前腕を見せてるのもさりげなくかっこいいと思ったが、回斗は言わなかった。
「な子、行こうぜ?」
「おう」
 蝉時雨の中を二人は行く。今日は帰るまでこのままだろう。


 登校中、葉桜の下で永子はな子の腕を持ち上げた。
「なんで男子用のブレザー着るかなぁ」
「似合ってるだろ?」
「似合ってるけどさぁ、ショートヘアもいい感じだし」
 永子は残念そうに腕を離す。
「私は女の子してるな子の方が好きなんだけどなー」
「ざんねん。今日の気分は男子なんだ」
「ちぇー」
「だいたい、永子には彼女がいるだろ?」
「そういう話じゃないって。まあ男装女子も好きっちゃ好きだけどさぁ。――てか気になってたんだけど、このときのな子って女を好きになったりしないの?」
「ないよ。僕は普通に男が好き」
「普通に女を好きになる世界にも来ればいいのに。女はいいぞー」
「うん、無理」
「えー。まあ仕方ないかー」



「回斗、今日の服はどうかな?」
 高音とも低音とも取れない音でな子は今日のコーデを彼氏に見せた。
「おっ、今日は中間っぽい感じだ」
「だろ? ちなみにこれ、スカートに見えるけどパンツなんだ」
「あ、そうなんだ。そういうのもあるんだな」
「スカートと迷ったんだけど、気分的にこっちにしてみた」
「今度はそっちも見てみたいな」
「気が向いたらね」な子は彼の手を取る。「さて、行こっか♪」
 蝉時雨の中を二人は行く。今日は帰るまでこのままだろう。


「雨ばっかりで髪がもう大変でさぁ。私も髪切ろうかな」
 夜空のような雲から滝のような雨が降っており、窓際の二人には雨の跳ねる音がわずらわしいぐらいに聞こえていた。
「私も長かった頃は大変だったな。永子も髪切ってみたら? ショートも似合うと思うよ?」
「あー、でも、彼女がロング好きなんだよねー。うーん、悩ましい」
「だったら彼女さんと相談したらいいじゃん」
「なんか今の男子っぽーい」不満げに言ってすぐ永子はハッとする。「今のな子はこういう風に言われるの苦手だったりする?」
「ん? 私は別に気にならないかな。そういう人もいるよねってぐらい」
「良かったぁ……」
「まあ気にする人もいるだろうけど、永子みたいに確認を取れば問題ないんじゃないかな」
「そっか。……いやあ、最近そういうのに敏感な世の中じゃん?」
「そうだね。……でも、『男らしい』も『女らしい』もダメだって言うなら、そんな流行りの意見に乗らないといけないって言うなら、僕に人権は要らないな。非国民でいいよ」
「過激だぞー」
「ははっ。でもさ、『酸性』と『アルカリ性』があるから『中性』があると思うんだよ、私は」



「回斗、今日の服はどうよ?」
 大人しめなやや高め声で、な子は今日のコーデを彼氏に見せた。
「おっ、今日は女子七割男子三割っぽい感じだ」
 メイクの仕方がそんな感じになっているし、所作も男子っぽいところが窺える。
「でしょ? 今日はガーリーなパンツルックにしてみました」
「うん、かっこかわいい。イヤリングも可愛いよ、新しいやつ?」
「そうなの!」
 な子はそっと彼の手を取った。
「じゃあ行こう」と回斗が言って。
 蝉時雨の中を二人は行く。今日は帰るまでこのままだろう。


「あっつい」
「暑いねー」
 窓際とはいえ校外から見える位置ではない、な子は夏服の首元をつまんでパタパタとあおぐ。それを見て永子は気まずい顔。
「えろいっす、な子さん」
「セクハラ」
「私を前に挑発的なことはやめてよねー。女子同士だから大丈夫と思われても困るよー」
「あ、ごめん。そうだね。気を付けます。でもセクハラ発言はやめなさい」
「女子だからセーフ」
「こら」
「あはは。でも女子高だと仕方ないところあると思うんだけどなー」
「永子は見え方が違うから問題なんだって」
「ですよねー」



「回斗、今日の服はどうかな?」
 しっとりとやや低音で、な子は今日のコーデを彼氏に見せた。
「おっ、今日は男子七割女子三割っぽい感じだ」
 メイクの仕方がそんな感じになっているし、所作も男子っぽいところが強い。
「だろ? 今日の靴見てくれよ。かっこよくね?」
「うん、かっこいい。あとイヤリングもかっこいいな。ペンダントは可愛い」
「だよなー」
 な子は行く先を指差す。
「んじゃ行こうよ」
 蝉時雨の中を二人は行く。今日は帰るまでこのままだろう。


「死んでると思った蝉が突然動くやつあるじゃん? あれほんとやめてほしい」
 校庭の木々に目を向けつつ永子は言った。猫背で座り、見るからに不快そう。
「ええ、そう? 僕はあんま怖くないな。ああ、女子のときも怖くないんだよ」
「冷静だよね、な子って。かっこいいわー」
「そう? よく分かんないけど」
「実はな子って結構注目されてるんだよ。先輩からも後輩からも。やっぱ女子高だとかっこいい女子がモテる」
「うーん、そういう人たちって僕をどう見てるんだろ?」
「色々だよ。でもだいたいどっちかが好きってのが多いかも。女子or男子」
「あー、やっぱそうなるよね。そういう普通の人じゃ私とうまくやってけないだろうなー」

「回斗くんだっけ? ぶっちゃけ凄いよね、この前初めて会ったんでしょ? それでな子に『大丈夫』と思わせたんだから」
「ほんと、あいつがあんな変人じゃなかったらデートの誘いも受けてないよ。僕あのとき『性別無し』状態だったから『らしさ』の〝中〟に居なかったんだけど、こんな複雑な私をよく理解しきれたよって思う。そこら辺は引き合わせようと思った両親も凄いと言うべきかも」

「初デートはいつって決まってるの?」
「今度の休みにね。そのときちゃんと付き合うか決める」
 そしたら夏休みには本格的なデートかな。とな子が言うのを聞きながら、永子は校庭のすみに建つ体育倉庫に目を遣った。最近あそこに猫が住み着いたという噂がある。
「そのときのな子はどの自分だと思う?」
「さあね、気分次第だし」誰かが振ったサイコロがころころと転がる音がした。「まあでも、どの私でも大丈夫だと分かってるから、ちょっと楽しみなんだよね」
 果たしてサイコロを振ったのは誰なのか。



『らしい』も『らしくない』も『らしくあれ』も『らしさを決めつけるな』も全部同じものだ。全て概念でしかなくて、まるでどちらかが正しいように語っていても、結局同じことをやっているに過ぎない。なぜ人はそんな無意味なことで言い争うのだろう。自分がそれを正しいと思って訴えている時点でその他のあらゆる概念と同価値でしかなく、その人が間違っていると否定している価値観と同義にしかならない。

『酸』も『アルカリ』も何かを溶かす。でも溶かすものが違う。味や触感などが違う。でも何かを溶かすことに変わりない。そんな話だ。そこで『私は中性です』なんて言っても「だから何?」って感じだし、アルカリ性の容器に酸性のものが入ってる場合を知っていれば気を付けるのは当然だし、気を付けられない人がいるのも人間なんだから当然だし、容器の装飾の好き嫌いだって当然あるし、『酸』にも『アルカリ』にも種類があるし、希釈も濃縮もできる。
 そして私みたいに中身や装飾がコロコロ入れ替わる場合がある人もいる。

 ニーズ、好み、時と場合と状況、様々な要素があるのが当たり前で、その全てがそれ以上もそれ以下もない。それに対してどんな意見があってもおかしくなくて、どの立場にしたって屁理屈並べるクレーマーはただの厄介者だろう。無視するか理路整然と話し合うべきだ。

 ルサンチマンに駆り立てられているのを見ていると、いつか盛大なニヒリズムの世界に陥るような予感もしてしまう。やはり人間はくだらないことを繰り返すのか。

 おそらく、サイコロを振らないとされたその存在がサイコロを振ろうが振るまいが繰り返しは終わらない。人類というのは矮小でありながらも巨大であり、それは古典とそれ以降のどちらをも併せ持つことと同義だろう。
 だからこそ、おおまかな予測とおおまかな不一致が生じる。
 ではその不一致の因果は何か。
 それもまた二重に存在するに違いない。


「男になって、女になって、男になれなくて、女になれなくて、それ以外もあって、その全てが自分自身。男らしくも生きられないし女らしくも生きられないし、でも男らしくも生きるし女らしくも生きるし、何も意識せずにも生きるし、その全てが私の生き様」

 回斗に初めて会ったとき、私が言った言葉だ。

「ロックだな」
「なにそれ」
「そんなな子が好きってこと。逆にどれかに固定してる人だったら恋愛対象になってない」
「回斗ってヤバい人だ」
「ロックだろ?」
「なにそれ」
 私は楽しそうに笑っていた。

「俺は俺なりの生き方がある。基本的には男らしい自分だ。それはもう開き直って生きてるよ。どうかな、君との相性は」

「今日一日のことで判断する限りだけど、幸い、私の求める男子像と回斗の生き方は一致してるみたい」

「なら良かった。じゃあ今度デートしてよ」
「いいよ」
 僕は笑う。

「ただし、サイコロの目は当日のお楽しみだけどね」

最後まで読んでいただきありがとうございます