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【短編(2/3)】アトラクターの上を歩いている

第二章 産業革命

 00 自由経済競争社会

 工場が乱立された絵。工場勤めらしき女の立ち絵が登場。
「資源は大量だ、しかし時間がない。ああ、なんて忙しい毎日なんだ!」

 同様の姿の女が登場。
「食べ物も日用品も労働も、全てはお金と交換可能なものだ。つまり働けば稼げる」

 同様の姿の男が登場。
「もうあんな貧しい生活なんかに戻ってたまるか! 自分たちの身分を受け入れて細々と生きていくなんてまっぴらだね! 我々は自由を手に入れた! 今や誰もが豊かになる権利を与えられたのだ!」


「今の世界に近い感覚だな」
「今までは貴族の特権だった色んなものが科学の発展によって世間にも使えるようになったんだよ。例えば職人が作った一点ものなんかも、その職人技が多くの人が使えるものとなった結果、価値が下がった」
「いいものをみんなが手に入れられるようになったんだな」
「うん。その結果、頑張れば誰だって豊かになれる社会になった」

「未来予測の方法が分かるようになるゲームだったよなこれ。ってことはこの『資源が大量で時間がない』ってのは、あれだな。狩猟採集時代と同じって言いたいんだな」

「その通り。資源はあるけどそれを獲得するためには歩き回る必要があった狩猟採集民族と同じように、この時代の人たちは大量の資源を元にたくさん働いて大量の金を稼ぐことを求めるようになったんだ」
「生きることがメインだった時代から稼ぐことがメインの時代になった訳だ」


 田畑で働く農民の親子がいる。それを豪奢な服を着た男が黒塗り真新しい車から眺める。
「ふん、未だに前時代的な生き方をしてるのか。やつらは本当の自由というものを知らないのだろうな」
「あの子も可哀想に。農家の子は農家を継ぐものとばかり考えているのであろう。今や誰もが自由な時代。〝個〟というものを持つべきだ。あの親も酷いことをする」

『封建制度の崩壊により、個人というものが重要視されるようになりました。神様の思し召しはもはや機能せず、誰もが〝自分〟を持ち〝自分の意思〟で行動を決める。それが最先端の考えとなりました』

 続いて教室の風景が現れ、教師が言う。
「かつて勉強とは家庭教師などに頼んで家で学ぶものだった。当然高い金が必要であり金持ちの特権だった。しかし今や公的な学校が生まれ、誰もが学ぶことができるようになった」

 学生が言う。
「貧乏でも学ぶことができる。先生は賢く、僕たちに色々なことを教えてくれる人だ」

『今までは両親や牧師が子供に仕事や勉強を教えていましたが、それを教師がやるようになりました。つまり生き方を教えてくれる人が変わったのです。当然、尊敬の対象が移っていきます。同時に、大金を稼いでいる〝成功者〟なども尊敬を集めるようになりました』


「個人の活動が可能になって金持ちが尊敬される時代か。よく知ってる話だ」
「そして、だいたいこの辺りで『種の起源』が出版されるんだ。つまり、神様の役目が本格的に終わるんだよ」
「本格的に科学の時代か」


『豊かになる土壌はできたけれど、なかなか時間不足の状態が改善されませんでした』
『忙殺される日々が悩みの種だった人類』
『しかし科学はそれを解決します』


 01 科学による幸福

 画一的な椅子が並ぶ絵。
『工業化が増々進み、商品は規格化され、生産は大量化、効率化、高速化され、更には輸送も大量に行われるようになり、時間不足が解消されていきます』

『物は更に増えていきました。溢れ返りました。たくさんあれば使いたくなるのが人間です、人々の消費も増えていきます。そしてたくさん消費するためにたくさん物を作ります』

 人々が盛んに行き交う街の中、豪奢な服を着た男が立つ。
「盛大に金を使え。盛大に物を使え。盛大に食べて、盛大に楽しめ。慎んだ生活など貧乏人のすることだ――つまり前時代的な発想だ。ぱーっと使え。使いまくれ」

 続いて社長室と社長が登場。
「金を稼げない人間は怠け者のことだ。誰にだってチャンスは与えられているんだ。働かない人間も、貧しくていいなどと考えている人間も、その怠け癖のある自分を変えようと考えられない情けない人間でしかない」
「もっと利益を追求しろ。もっと自分を豊かにすることを考えろ。欲望のままに生きろ!」

 街中の絵。お立ち台に立つ、ぴしっとフォーマルな服を着た男が言う。
「国のリーダーを決めるのは国民だ。一人に一票を与える。バカも天才も関係ない。誰もが平等に一票を持ち、自分の望むリーダーに投票できる」

 団地の絵と、二人の男女。
「今までは民間療法の方がずっと命を救えたものだが、今では医者もそれなりに病気を治療できるようになった」
「世の中には理屈がある。現象には原因がある。雷は神の怒り? 違う。ちゃんとした理屈がある」

『科学は、今まで苦しめてきたあらゆるものから人々を解放してくれました。衣食住、娯楽、病、他にも』
『人々の生活は豊かになり、寒さや暑さをしのぐことも、夜を照らすことも可能になりました』

『結果、人々に合理的な思考が身につき、民主主義の発想が確立します』


「なんかさらっと入ってたけど、稼げない人間がどうこうって、これは苦しみからの解放なのか?」
「もちろん違うよ。自由に生きられるようになった弊害と言うのかな、全ては自分の責任だから稼げない人間は自分を呪うしかなくなったんだ」
「これは今にも通じる話だな……」
「そこら辺はこのあと出て来るよ。とりあえず続き」


『写真や映像を撮れるようになれば世界の様子はより鮮明に人々に伝わるようになり、通信機器の発達でそれは更に拡大し、ラジオやテレビによってそれらが爆発的に伝わるようになりました』

『同時に登場したのがマスメディアです。彼らは科学の素晴らしさを伝え、働くことの素晴らしさを伝え、事実、世界は確かに発展を続けました』
『しかし、メディアは伝えることになります』

『地球上のあらゆる資源の限界が見えてしまったことと、環境汚染という人類の罪を』


「これは随分と最近の話だな」
「うん。例えば石油がヤバいとか、ここからはそういう話になる」
「農耕時代は森林破壊によって暗黒期に入ったけど、もう残ってる大陸なんてほとんどないもんな」
「そう。だからここから永遠の資源不足に陥る」


 02 マスメディア全盛期

 暗澹たる空の下、大都市を俯瞰で捉えた図。
『科学は世界を信じられないほどに豊かにしてくれました。しかしその背後には多大なる資源の消費がありました。それはまるで農耕によって人々が飢えから解放され、拡大して資源が枯渇したように』

『一言で科学と言っても幅は広いですが、少なくともこの絶望は人々の大量消費を抑えることに繋がりました』

 会社員の男が言う。
「今までのような生活をしていたらあっという間に生活が大変なことになる」

 別の会社員が言う。
「質素で慎ましい生活こそが美しいんだ。今までみたいな贅沢は地球のためにならないんだから」

『今までのように大量消費を前提とした働き方は悪となり、その方面における科学に影が落ちました。そして、リサイクルやエコなど、科学はそちらの開発を始めます』
『同時に泡がはじけたように経済が崩れてしまい、暗澹たる気配を漂わせるようになりました』

『もはや一生懸命働くことが幸せになる方法と思うには難しい状態となってしまいました』
『中世の暗黒期と似たような状況となったのです』

『しかし当時と違うことが三つあります。《教育》、《自分の在り方》、そして《膨大な情報》です』


「あ、これ重要な」
「この三つが?」
「そう。特に《情報》ね。宗教全盛期のときは科学があって次の時代に移っただろ? この次に移るのはこの《膨大な情報》が鍵だから」


 教室で生徒たちが勉強している。それを眺める少年が一人。
「学校で勉強する意味ってなんだろう」
「昔はそうしないと労働者として生きていくことが難しかったし、そうしないと稼げる人間になれなかった。でも今はそんな生き方しても苦しいだけだ。それに工場で働く必要はないし、そんなに稼げなくたって楽しく生きていける」
「別に学校で勉強しなくたっていいんじゃないの? やりたいことを教えてくれるところに行けばいいんだから。なんのために学校で勉強してるの?」
「でも、ここで勉強するしかないんだよな……」

 一人の少年がうずくまっている。暗い部屋の片隅で膝を抱えて。その正面には母親が立っている。腕を組んでしかめ面。
「みんなちゃんとやってるよ? あんたは何をしてるの?」
「…………」

「みんな同じ人間なの。みんなちゃんと自分で自分の生き方を選んで生きている。それであんたは? 部屋に引きこもって何をやってるの?」
「…………」

「あんたの生き方はあんたが決めるってことなの。誰かの意見じゃなくて、自分で決めるの。あんたは何がしたいの?」
「…………」

「ねえ、じっとしてても何も変わらないよ? あなたの代わりなんていないんだよ?」
「…………」
「自己責任って言葉、分かるよね?」

 母親が出て行って、少年は呟く。
「自分で決めるって言ったって、いつも同じことばっかり言うじゃないか。いっそのこと、やることが最初から決まってる世界だったら良かったのに。それなら自分で選ばなくてよかったんだから」

 薄暗い部屋でテレビがついている。それを見て涙を流す少女が一人。
「このアーティストさんだけが私のことを肯定してくれる。みんな私のことなんか分かってくれないけど、この人だけは……」

 家族団欒とテレビの光景。
「へえ、今はこんなのが流行ってるんだな」
「ラジオでとっくに言ってたよ。テレビって遅いんだよね」
「でもテレビが取り上げるってことは、それだけたくさん支持を集めてるってことなんでしょ? やっぱテレビでやってないと信用できないんだよね」

 夫婦とテレビの光景。
「環境問題が深刻だな」
「そうね。ちゃんと配慮した家電を作ってもらわないとね」

 新聞を持つ父親。
「犯人逮捕か。事件の犯人、こんなやつだったんだな」

 映画を見る少年。
「戦争って残酷なんだな。もうこんな世界にならないようにしなくちゃ」

『学校教育によって集団での生き方と知識を学びましたが、落ち込んだ経済と職業の幅によってそれに対する疑問が生まれました』

『唯一無二の自分を大切にする社会によって、自分の能力や自分らしさに悲喜することになりました』

『そしてそれらは大量の情報によって発生したものです。その情報を独占していたのが、テレビやラジオなど大きな権力を持ったところでした。つまりマスメディアだけが価値観や生き方を教えてくれる存在だったのです』

『発信できる情報は彼らが許可したものだけでした。一生懸命働いて稼ぐことが素晴らしい。強く生きることが正しい。苦しかったら応援してあげる。こんな社会は間違っている。賛否どちらも放送していましたが、やはり幅が狭かった』


 友達は言う。
「自分らしさとか、自分のやりたいこととか、こういうことが強く意識されるようになったのがこの時代だ。中世で神父様に安心をもらっていたように、マスメディアから流れる言葉や歌が当時の人たちの心を鼓舞したり肯定したりして、安心させていた」

「そう考えると、確かに同じことを繰り返してるな」
「と言っても全く同じじゃない。あのときは死後の幸福っている神様の思し召しを信じていれば良かったけど、科学によってそれが無理になって、そのうえ膨大な情報の割には画一的な価値観や生き方だったから自分が縋るべきものがなかったんだよ」

「ふうん。で、それをやってたのがマスメディアって訳だ」

「うん。テレビとかで『こういうもんだ』って言われたものを『そういうものなんだ』って受け入れるしかなくて、それをそのまま受け入れた人はそれが普通だと強気になれたし、そうできなかった人は苦しむことになった」

「身分からは解放されたけど、価値観や生き方からは解放されなかったんだな」
 そう、と言って友達は次へ進める。


『マスメディアが情報を支配していた時代の中に、パソコンという存在が生まれました』
『そしてそれに通信機能が搭載され、あらゆる人が自由に相互通信可能になった結果、マスメディアの不都合な部分が見えるようになります』

『同時に、今までよりも遥かに自由度の高い情報が行き交うようになりました』

 二人の少年少女が暗闇に立つ。
「成功してる人間はどうやって成功してるのか」
「自分とは何か。何が好きで、何がしたいのか」

 画面が黒くなり、白い文字が浮かぶ。

『その答えを教えてくれる存在と繋がれるようになったのです』

『さて、この次の世界はどうなると思いますか?』


「なんだと思う、ヴァン」

「え。何って……。そりゃこの後はネットが登場して、動画投稿サイトが登場して、スマホが登場して、SNSが登場して、ってなるんだろ? 最後にもあったけど、自分の知りたいことを自由に教えてもらえる社会だろ? それが《楽になる》方向な訳だし、今に生きてる体感としてもそれだと思うんだけど」

「そもそもさ、メディアって何をするものだと思ってる?」
「情報発信だろ?」

「その通り。で、それ言い換えれば洗脳だよ」

「は?」

「メディアってのは洗脳道具なんだよ。映画やテレビで見たことを見て、それ以外にちゃんとした情報を得る場所が無かったらそれを信じるしかないだろ? 例えば、海鳥がべっとりとした茶色い何かで汚れていたら、それがどういう状況だと思う?」
「まあ、石油で汚れてるとか?」

「それを良いか悪いかで答えるならどっちだ?」
「そりゃ悪いに決まってるだろ」

「なんでそう思ったんだ?」
「そりゃそういう話を聞いたから……って、そういうことか」

「つまりさ、メディアは情報発信と言う名の洗脳をしてるんだ。それはどういう状況なのか、それは善なのか悪なのか、伝えるのはメディアだ。そして重要なのは、今まではそれが一部の人間に限られていたが、今やパソコンやスマホによって誰でもできるようになったということ」

 ヴァンが察して顔をしかめる中、友達は言った。

「つまり、次の社会であり俺たちの生きてる社会ってのは、誰もが他人を洗脳できる社会ってことだ」


最後まで読んでいただきありがとうございます