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山姥伝説

母方の祖母は最近はYouTubeにはまっていたり、コロナ前だが市民大学に通ったりするほどしゃんしゃんしてる。他方、我が父方の祖母はアルツハイマーになり衰えが明白だ。二者間の違いは、若年とのコミュニケーションなのではないか、と思っているのだ。

昔話には、若者を食らう山姥が現れるが、是は若者をコミュニケーションで疲弊させ切る御老公じゃなかろうか。大武美保子さんの論文には、認知機能を鍛えることが、認知症予防回復支援の認知的アプローチの効果だというの。つまりコミュニケーションが、昔から言われてきた「ボケ」に効くということだろう。然し思想が異なる人間同士が深いコミュニケーションをとるのは非常に辛い。自分が理解されなかったり、相手が不可解だったりするからだ。また、相手が親族であると、かなり私的な話を持ち掛けられる。どうしても、親は子供に対する所有支配意識を拭い去れないものだ。斯うして子はコミュニケーションに辟易し、親は回復していくのは若者の精気を吸い取っているのと変わりがないのではなかろうか。

此処で、母方の祖母は現在孫として居り、父型の祖母は、祖父と二人暮らしである。どちらが活き活きするかは、予想がつくであろう。

子孫がいるシニア世代は未だ交流が持てるが、氷河期の世代がこのまま高齢者に成ったらどうなるのだろう。彼ら彼女らが若い世代とコミュニケーションをとれるかは甚だ怪しいだろう。実践がないのもあろうし、そもそも近所とさえ関りのないことだってあろう。山姥は若者を狩りに街へ駆り出すのか、ひっそりと黙って枯れていくのか。介護は、片言の外国人労働者では担えない領域が圧し掛かってくる可能性がある。

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