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金魚の発生学実験#02:人工授精

1:導入

この内容は上の動画の文章版です。「動画に興味はあるけど文章の方が理解が早い」あるいは「動画を見た後で内容を文章で確認したい」という方は是非ください。今回の動画では、私たちの研究室から発表された論文の内容をもとに、金魚の人工授精の方法について解説してゆきます(Tsai et al., 2013, Li et al., 2015, 2019: 論文については6. 参考文献を参考にしてください)。

2:産卵期

2春になるとモモタマナの樹の若葉の緑がまぶしくなってまいります。この季節になると、これら屋外に設置された水槽の金魚は産卵期を迎えます。

3:実際の作業

3-1:前日の作業 

まずは人工授精の作業の一日目。成熟した元気なオスとメスを取り上げます。人工授精を行う理由は履歴がはっきりした金魚から受精卵を得るためです。つまり、どの親がいつ産んだのか詳しくわかっている受精卵を得るために人工授精を行います。

3-2:雄雌を取り上げる

通常であれば成熟したオスとメスを同じ水槽に飼っておけば卵を産んでくれるのですが、それではタイミングに関しては運任せになってしまいます。また、私たちも観察や実験の準備の段取りもありますので、できれば自分たちの望むタイミングで卵を産んでほしいわけです。
 なので、勝手に産卵しないように産卵期に入る前に雄雌を別々の水槽に分けておいて、産卵期になった今、それぞれの水槽から、精子を活発に出す元気なオスと、いかにも卵を産みそうな雌を選んで人工授精に用います。
 この、いかにも卵を産みそうな雌を選ぶのが非常に難しいのですが、おなかが柔らかくてふっくらしているメスを複数選んで、その中に健康な卵を産んでくれるメスがいることを祈って作業を進めます。

3-3:ホルモンによる催熟

そして、あす、メスには計画通りどうしても卵を産んでもらいたいので、採卵誘発剤を使います。採卵誘発剤もいくつか種類があるようですが、私たちの研究室ではOvaprim(オバプリム)を使っています。ちなみに、このオバプリム、使用上のルールがいろいろとありますので、もし、皆さんの中で使われる方がおられましたら、ちゃんと説明書を読んで用法・用量を守って正しくお使いください。あと、今回の内容はあくまでも私たちの研究室の作業紹介でるあることもご了承ください。
 採卵誘発剤を打つ時に、どうしても魚は暴れますので麻酔をかけます。とくに大きな魚になってくるとふいに暴れられると魚を傷つけてしまう可能性があるので麻酔を用います。麻酔をかけるための容器と、麻酔を洗い流すための新鮮な濾過された水が満たされた容器を準備します。ちなみに、この蛇口には塩素ろ過のフィルターがつけられております。
 魚に麻酔が効いたら速やかに取り上げて、採卵誘発剤の説明書に書かれていたとおり打っていきます。魚の持ち方や打つ部位についてもいろいろとコツがあるのですが、これらの説明はまた別の機会にします。
 そして、採卵誘発剤を打ったら魚を速やかに新鮮な水が入った容器に移して麻酔薬を洗い流してあげます。口から水を入れて鰓の中に溜まった麻酔を洗い流してあげると回復が早いです。
 そして、新鮮な水が入った容器の中で一晩過ごしてもらいます。飛び出し事故を避けるためにしっかりと蓋をして明日の朝を待ちます。

3-4:二日目

一日経ちました。二日目の作業です。採卵誘発剤のおかげで影響でメスは卵を産んでくれます。あと、オスにも打っておけば精子をたくさん出すようになります。
 まずは、オスから精子をとります。この作業も麻酔を使ってオスには静かになってもらってその間に精子を注射器を使ってとります。麻酔が効いたら雄を取り上げて体についた水滴をふき取ります。水滴が精子に混じると人工授精に絶対に失敗します。なので、この工程は気がぬけません。
 そして、注射器を使って、精子を採取してゆきます。この時に軽くお腹を押してあげて、精子が総排泄孔からにじみ出てきたら注射針で吸い取る。この作業を繰り返す感じです。そして、十分な量の精子が取れたら魚を麻酔から起こして速やかに水槽に戻してあげてます。
 あと、大事な点ですが、精子をとる、この注射器の中には人口精漿が入っております。つまり、精子の活性を保つ生理食塩水みたいなものがはいっています。この人口精漿の組成もいろいろあるようですが私たちの研究室で
使っている人口精漿の元になっている論文(Magyary et al., 1996)のリンクを概要欄に張っておきますので興味のある方はご参考ください。
 人口精漿と得られた精子をよく混ぜて保存します。4度の冷蔵庫で冷やしておけば確実に一日は長持ちします。しかし、精子に活性があるかどうかは気になるところです。活性の無い精子を使って人工授精に失敗しても非常に悔しいですし。なので、得られた精子の活性をチェックします。

3-5:精子活性のチェック

スライドグラスに精子を垂らして、カバーグラスには水を。これらを混ぜ合わせます。昔は一回で一個体の雄の精子活性を見ていたのですが、最近は効率化のため複数個体の精子を一度に観察するようにしております。
 そして、このスライドグラスを顕微鏡で観察して精子の活性を確認します。水とまざると精子が活発に動き混ざる様子がよくわかります。水に触れてから時間がたつと活性が落ちてしまうので精子を採取した注射器は大事に日の当たらない冷たいところにしまっておきます。

3-6:プラスチックディッシュの前処理

 さて、精子の準備が出来たら、卵の方の準備を進めていきます。受精卵を観察するためにプラスチックディッシュを使うのですが、このプラスチックのディッシュの表面をお茶でコーティングしておきます。
 自然界では、金魚は水草などの何かしらの基質にくっつける様に卵を産みます。そのため、金魚の卵の粘着力は半端なく強く大体なんにでもくっつきます。なので、こうした植物の根っこに卵を産み付けされて、それを観察することも可能なのですが、これだと、顕微鏡で観察するにも不便なのでプラスチックディッシュを使うわけです。しかし、これまた、あまりにも強力にくっつかれると後々の作業に問題が出てきてしまいます。なので、ちょっと粘着力を弱めるためにお茶でプラスチックディッシュの表面をコーティングします。

3-7:メスから卵をとる

プラスチックディッシュの準備出来ましたら、メスから卵をとります。まず、麻酔をかけます。そして、テフロン皿を準備しておきます。このテフロン皿は綺麗に拭いて水分を完全に取り除いて、上から覆いをしておきます。麻酔が効いたら水滴をよく取り除いてから採卵を始めます。雄の時と同じように受精前に水滴が卵に触れると必ず失敗します。なので、このプロセスも気が抜けません。雌のお腹を優しく押して卵を絞り出します。

3-8: てばやく媒精

いったん卵を絞り出したらここからは時間の勝負になります。
注射器の中に保存しておいた精子を数滴ポタポタと卵にかけます。
そして、テフロン皿をゆすって精子と卵をなじませて、
水を張ったプラスチックディッシュに落とします。
このテフロン皿には卵はあまりくっつかないので人工授精の時に非常に重宝します。そして、素早くプラスチックディッシュを左右に振って水を揺り動かして、お互いにくっつかないように、卵を拡散させます。

3-9:卵の質について

さて、ここで少し、卵の熟度について触れておきたいと思います。人工授精を何度かやっていくと、卵の熟度に差があることに気が付きます。そして、経験的に、だいたいこういう黄色っぽい卵は時期を逸しており過熟の卵であまり良くありません。実際のところ、卵の色は飼育環境で変わってきますので難しい所ですが、緑色っぽくて水分が少なめの卵の方が実験に使いやすい傾向にあるようです。

3-10: 漂白、消毒

 先ほどプラスチックディッシュに拡散された精子と卵は5分ほど静かに置いておきます。この間に、水に触れた精子があちこち動き回って卵にたどり着いて受精します。 そして、この受精卵を漂白剤と水道水を使って洗っていきます。中の胚は強い卵膜に守られているので、強力な消毒を行う良いタイミングです。薄めた漂白剤を5分効かせたのちにチオ硫酸ナトリウム液で中和して、水道水で何度か洗います。こうすることで、水カビの発生を抑えられます。胚発生を長い時間観察するときに卵が水カビにやられると困るのでキッチリと消毒を行います。

4:インキュベーターに入れる

この要領で春の産卵期の間は複数の雄雌の組み合わせで多くの人工授精を行います。得られた受精卵はインキュベータに入れておきます。インキュベータの温度は24度に設定されています。こうすることで、どの時間に胚発生がどこまで進むかが予想でき、胚発生の観察の実験計画が立てやすくなります。

5:おわりに

はい。金魚の人工授精のようす解説しました。このあと受精卵の発生が進んでいくわけですが、その様子はまた後程、別の動画で解説してゆきます。それではまた。

6:参考文献

Magyary, I., Urbányi, B. and Horváth, L. (1996), Cryopreservation of common carp (Cyprinus carpio L.) sperm II. Optimal conditions for fertilization. Journal of Applied Ichthyology, 12: 117-119. https://doi.org/10.1111/j.1439-0426.1996.tb00073.x

Li, I.-J., Chang, C.-J., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2015), Postembryonic staging of wild-type goldfish, with brief reference to skeletal systems. Dev. Dyn., 244: 1485-1518. https://doi.org/10.1002/dvdy.24340

Li, I.-J., Lee, S.-H., Abe, G. and Ota, K.G. (2019), Embryonic and postembryonic development of the ornamental twin-tail goldfish. Dev Dyn, 248: 251-283. https://doi.org/10.1002/dvdy.15

Tsai, H.-Y., Chang, M., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2013),
Embryonic development of goldfish (Carassius auratus): A model for the study of evolutionary change in developmental mechanisms by artificial selection. Dev. Dyn., 242: 1262-1283. Tsai, H.-Y., Chang, M., Liu, S.-C., Abe, G. and Ota, K.G. (2013), Embryonic development of goldfish (Carassius auratus): A model for the study of evolutionary change in developmental mechanisms by artificial selection. Dev. Dyn., 242: 1262-1283. https://doi.org/10.1002/dvdy.24022

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