見出し画像

案外 書かれない金継ぎの話 Spinoff 11 麦漆の使用量

先日、気に入って使っている自作の深皿を落として割ってしまったため直すことにしたのですが、折角の機会なので、この皿をサンプルに破損接着の際に使用する接着用漆の使用量について少し詳しく解説してみようと思います。
なお、今回は接着に麦漆を使用しているため便宜上、接着用漆を麦漆と表記しますが、これまでに紹介した糊漆接着用錆乾酪漆、そして合成接着剤も全て同じ考え方になります。

界面かいめんと麦漆の最適量

本編「第2回 金継ぎが不得意な事 ‐接着の基礎‐」や「第29回 破損の修理2~接着~」で接着には最適量の接着剤を用いることが大切だと記載しました。では最適量とはどれくらいの量を言うのでしょうか。

結論から書くと、接着は界面かいめんが出来るだけ近付いた状態が最適量といえます。

界面かいめんとは、性質の異なる物質が接する境界面のことで、物質と空気が接する界面は特別に表面ひょうめんと呼びます。

界面と表面

陶磁器修理の金継ぎの場合、具体的には「陶磁器と麦漆の界面」「漆と金属粉の界面」「金属粉と空気の界面(これが表面になります)」などが生まれます。
陶磁器の接合では「陶磁器・麦漆・陶磁器」、要するに麦漆の層の上下に界面が生まれ、この距離が近付くほど最適量になる、つまり強い接着力を生むということになります。

麦漆をたくさん使う方が接着力が上がると思っている方は意外に多いですが、接着剤は基材(被着体)よりも剛性の高いものを使うと基材破壊を起こすため、基本的に基材剛性以下の必要があります。そのため麦漆の量を必要以上に増やして層に厚みがでると、言い換えれば、界面が離れるほど負荷に対して麦漆が破壊する(凝集破壊リスクが高まる)ことになるので、麦漆をたくさん使うのは得策ではありません。

塗り伸ばす時の注意点

以上を踏まえたうえで、麦漆を接合面に塗る場合のポイントについて解説したいと思います。

陶磁器は鉱物粉の間に微量のけたガラスが入り込んで固まり接着されている物質で、非常に硬質で安定しています。なので、破損による外部からの力で伸び縮みすることはなく、破損面を合わせると殆どの場合、ピッタリと噛み合います。つまり、界面の距離を0に近似させることが出来ます。

こういった物の場合、麦漆はヘラで丁寧に薄く塗り伸ばした後、更にこそぎ落とし凸部分の先端が露出してしまうくらいの量が付いていれば十分です。
接着面凸部分は反対側が必ず凹になっています。金継ぎの基本は両面付けなので、ヘラでこそいで凸部分の麦漆が殆ど無くなってしまっても、対になる凹に溜まった量で十分な接着力が得られます。それにより圧着の力が均等に加わりやすく、麦漆層の密度も平均化されます。

接着面の麦漆

なお、片面付けで接着しなければいけない場合や、細胞内孔が大きな木材で破損時に歪が生じて凹凸が対にならない可能性がある場合などの接着においては、麦漆を若干多めに使用する必要があります。

深皿を接着する

では、実際に破損した深皿を接着してみましょう。

破損状態と接着順の確認

接着は本体と、小片4個になります(写真左)。
小片を合わせると僅かな段差が確認できるので(写真中央)、深皿はT字に割れた後、更に個々の破片が別々に割れたと推測する事が出来ます。本体にヒビが出ていない事から、落下した器は負荷で折れ曲がるように2つになり、直後に衝撃点からのヒビが到達してT字になったと思われます。
接着は破損進行の逆順になるので、先ずそれぞれの小片を接着し、2つになった大片を接着して、最後に本体と接着するという順番になります(写真右)。

(左)破片確認  (中)段差確認  (右)接着順決定

小片の接着

麦漆を作り、ヘラで接着面に塗り広げた後、こそいで余分な麦漆を取り除きます。(写真左2つ)。
少し放置時間オープンタイムを取り、麦漆の表面に触っても指に付着しないのを確認してから圧着します。(写真左から3つめ)
圧着でみ出でた麦漆を、揮発性油を付けた綿棒で拭き取ります。(写真右)

破片接着1

もう一方も、同様に作業します。

破片接着2

テープで固定

小片を接着したらマスキングテープで仮止めし(写真上)、更に大片を接着してマスキングテープで固定します。
この後、本体と接着する時に圧着で口辺ズレが出る事があるので、口辺のマスキングテープ固定は忘れずに行って下さい(写真下)。

マスキングテープで固定

組み終わった大片と本体を接着します(写真左)。
接着長が長くなると、食み出しを綿棒で拭き取る際にズレてくる事があるので、一度に拭き取ろうとせず、ある程度拭き取ったらマスキングテープの仮止めをしながら進めます。(写真右)

(左)麦漆を塗る  (右)食み出た麦漆を取り除く

マスキングテープを取り除く

マスキングテープで固定し(写真左)、麦漆がある程度固まるまで養生させます。私は漆室に入れず室内静置にしています。
温度にもよりますが2〜3日置くと表面の麦漆は固まります。マスキングテープの粘着剤は時間が経つと除去後に糊残りするようになるので、早めにピンセットを使ってマスキングテープを取り除いおきます(写真右)。表面の麦漆は固まっていますが芯まで固まっていないので、出来るだけ負荷が掛からないようマスキングテープの除去はピンセットで行うのをお勧めします。

(左)マスキングテープで固定  (右)マスキングテープ除去

接着作業終了

マスキングテープを取り除き、麦漆のはみ出しがあればカッターや彫刻刀で除去します。
これで接着作業は終了です。もう暫く養生させてから隙間を漆や錆で埋める作業に入ります。今回は接着についての解説なので、その後の作業については割愛します。

接着個所拡大写真

伝統技術の職人技は、素人には一見してとても簡単そうに見えるものです。簡単そうに見える理由は必要な事だけをやっているからで、逆の見方をすれば、全ての事に無駄が無いわけです。
伝統には精度を上げるため無駄を見極めて理を追求してきた長い歴史と勘があり、それは動作だけでなく、材料の見極めや使い方にまで及びます。
金継ぎ作業で必死な素人が伝統の職人技の域に達するのは簡単なことではないのですが、無駄を見極めて精度を上げようとする気持ちは心の隅に置いて作業をしたいものです。

案外 書かれない金継ぎの話 spinoff - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2024 HONTOU , T Kobayashi

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?