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編集後記『免疫関連有害事象irAEマネジメント 膠原病科医の視点から』

医学領域専門書出版社の金芳堂です。

このマガジンでは、新刊・好評書を中心に、弊社編集担当が本の概要と見どころ、裏話をご紹介し、その本のサンプルとして立ち読みいただけるようにアップしていきたいと考えております。

どの本も、著者と編集担当がタッグを組んで作り上げた、渾身の一冊です。この「編集後記」を読んで、少しでも身近に感じていただき、末永くご愛用いただければ嬉しいです。

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■書誌情報

『免疫関連有害事象irAEマネジメント 膠原病科医の視点から』
著:峯村信嘉(三井記念病院総合内科科長)
A5判・552頁 | 定価:7,480円(本体6,800円+税)
ISBN:978-4-7653-1882-2
取次店搬入日:2021年04月01日(木)

免疫チェックポイント阻害薬の処方歴のある患者さんに出会ったときの強い味方

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■編集後記

こんにちは。栗のシーズンは短いので出会ったら買うがモットーのAです。

今回は既刊本からの紹介です。

がん治療薬として登場した免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、免疫の認識機構に介入するために、全身のすべての臓器に、これまでとは異なる形の副作用が引き起こされる可能性があり、予測することがなかなか困難です。その副作用を免疫関連有害事象(immune-related adverse events:irAE)といい、その対策のことをirAEマネジメントというのはご存じですね?

え? 免疫関連副作用(immune-related adverse effect:irAE)だろ?

お詳しいですね。さては××学会ご所属ですか? うーん。これ学会ごとに分かれていて、書名決めるときにももめたんですよ。irAEということで細かいことはなしでお願いします!

この全身に症状がでる免疫症状というのは、臓器別の外科の先生や、腫瘍内科の先生というよりも自己免疫疾患・膠原病といった領域の先生が得意なのはわかりますよね。じつは以前から自己免疫の過剰反応をテーマにした本を作りたかったのですが、南多摩病院の國松淳和先生と雑談しているときに、國松先生の師匠の峯村先生が最近このテーマでお仕事されているという耳寄りな話をお聞きし、アタックした成果がこの本です。

もうあれですよ。この本を作ってしまうと従来のがん薬物療法副作用対応マニュアル本についてはこんな感じになっちゃいますね。

イーノック

それでは目次と読みどころをご紹介します。本書は最新のエビデンスをしっかりと吟味した書籍ですが、2部各章の最後に「まとめに代えて」という非常にプラグマティックで、どうやって実務をこなしていけばいいのかについてのヒントを対談形式で示しています。「むずかしい」「大変」と思った方もホッとして、読み進められるようになっています。

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■序文

「患者さんのことで相談したいのですが、先生がステロイドの使い手だと伺いましたので」

この本は4年ほど前に名古屋医療センター西5階病棟のカンファレンス室の隅で電子カルテを見ているときに腫瘍内科の杉山圭司先生から声をかけられて振りむいた時から始まりました。

はじめてその時にアイアールエーイー(後にirAEすなわち免疫関連有害事象のことと解るのですが)という言葉を耳にしました。相談の内容を聞きながら心の中で、適切なアドバイスを行うためには相応の準備をしなくてはいけないと覚悟しつつも、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と呼ばれている薬剤がどのように免疫系を利用してがんと闘うための薬であるのかを初めて聞いて、心から驚かないわけにはいきませんでした。

徐々に、けれど確実にICIでのがん治療が行われる患者さんの数が増え、腫瘍内科の先生方がそれまで遭遇したことのないirAEに出会う度にステロイド薬の処方またはステロイド抵抗性に際して免疫抑制薬をどのように使えばよいのかについての相談が時を追うごとに増えました。

その後「irAEマネジメントにおけるステロイド・免疫抑制薬の使い方」と題して「膠原病科医の視点から」という副題のもとに近隣の施設の先生方にも講演という形で知見を伝える機会をいただくようになりました。講演スライドを印刷したものを参加してくださった方に配布していたところ、半年~1年近く置いて同じ施設を訪れることがありその際に「前回いただいた講演資料をいつも持ち歩いてバイブルとしています!」とおっしゃりながら使い込まれた配布資料を見せて下さった先生とお会いした事は、その後執筆行程の長さ故に挫折しかけた際に非常に大きな励ましとなりました。

「膠原病科医」と名乗ることが許されているとすればそれまでその著作(「膠原病診療ノート」日本医事新報社)を愛読していた三森明夫先生(JCHO東京山手メディカルセンター)から2005年に国立国際医療センター膠原病科(当時)で直接教えを受けたところに拠り所があります。先生の著書から読み取らずに実際に同じ臨床現場に立つことでしか学び得なかった(と私が強く感じた)事柄の第一が、状況に即した臨床判断をエキスパートがどれだけ速やかに下すか、ということでした。「今からステロイドを始めましょう」と言われたときは文字通り今すぐに処方を行い患者さんのもとに薬を届けて服用いただく、という意味でした。

同じことは本書でもあてはまるかもしれません。高グレードのirAEでは高用量ステロイドを遅滞なく開始することが求められます。けれど「遅滞なく」という一言が、患者さんが置かれた状況によってはどれだけ切迫しているのかを十分に伝えることができましたでしょうか。

私個人のメールアドレスがICIの三文字から始まっていることを何かの機会にご存じでいらしたオンコロジー領域の先生が「先生はirAEの申し子ですね」と私に冗談とも本気ともつかない言葉をかけて下さったことがあります。実際には昔出会った女性(後に妻となる)と電子メールの送受信を行うために作成したアドレスであり、交際の成就を願って新約聖書ヨハネの福音書13章34節「互いに愛し合いなさい」からとられています。彼女は本書の最初の読者であり最初の(本書専門の)書評家になってくれました。この場を借りて思いを伝えます。ありがとう。表紙のデザインを考えてくれた長女にも感謝します。

2005年に前述での医療センターで膠原病科研修を積んでいる最中に出会って以来のつながりである國松淳和先生(南多摩病院)からの紹介を経由して金芳堂編集部の浅井健一郎さんが本書の企画・相談のために三井記念病院まで足を運んでくださったのが2019年6月11日でした。浅井さんの丁寧で適切な指摘・校正なくして本書が出来上がることはありませんでした。感謝申し上げます。

本書が想定している読者の方々は、実際にICIを処方しながらirAEへの対応を迫られている各がん治療科の医師のみならず、チーム医療に携わる各医療者、ひいてはがん治療を専門としていないもののirAEきたした患者さんの診療に携わる機会がある医療者または実地医家の先生方、という様に設定するならば非常に多くの医療者の方々が対象となってくるのかもしれません。実際の臨床現場において実用に耐えうる本になっているのでしょうかという不安が募るばかりですので忌憚のない意見を寄せて下さったら心から嬉しいですし安堵します。どうぞよろしくお願い致します。

2021年2月の東京に春一番が吹いた日に
峯村信嘉

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■目次

第1部
0 irAE総論
1 免疫チェックポイント阻害薬はどのように作用しているか
2 irAEを適切に治療するために
3 irAEの鑑別診断

第2部
1 irAE皮膚障害
1 皮膚irAEの疫学・スペクトラム
2 皮膚irAEの出現時期
3 機序
4 irAE皮膚病変と抗悪性腫瘍効果の相関
5 皮膚irAEの病理
6 irAE皮膚病変を疑った時の鑑別診断
7 irAE皮膚病変へのアプローチおよび各病変の特徴・治療
8 重症の皮膚病変の出現が予測できないか?
9 irAEの可能性を「想起」した次のアクション
10 皮膚irAE治療報告の分析
11 各ガイドラインにおける皮膚irAEの治療推奨

2 irAE下痢・腸炎
1 どのようにアプローチするか
2 機序
3 irAE腸炎の頻度と出現が予想される時期
4 irAE腸炎を疑う症状
5 irAE下痢・腸炎の鑑別診断
6 irAE腸炎の可能性が高いと考えられるときのworkup
7 irAE下痢・腸炎の治療
8 ICIの再開を考慮するとき
9 irAE腸炎治療推奨

■3 内分泌系irAE
1 内分泌系irAEの疫学とスペクトラム
2 内分泌系irAEの機序
3 内分泌系irAEと抗腫瘍効果の相関
4 内分泌系irAEのmonitoring
5 irAE下垂体炎
6 甲状腺irAE
7 irAE1型糖尿病(irAE-T1DM)
8 irAE-T1DM以外のirAE-DM病態
9 その他のまれな内分泌系irAE

4 irAE肺臓炎
1 irAE肺臓炎の免疫学的機序
2 irAE肺臓炎の疫学・危険因子
3 irAE肺臓炎の特徴
4 irAE肺臓炎の鑑別診断
5 irAE肺臓炎の治療・治療反応性・予後
6 irAE肺臓炎後のICI再開について

■5 神経系irAE■
1 神経系irAEのスペクトラム
2 神経系irAE診断・治療【総論】
3 神経系irAE診断・治療【各論】

■6 心筋炎■
1 各ICI治療において報告されている心血管毒性
2 ICIによる心血管系毒性の疫学および危険因子
3 irAE心筋炎の臨床症状
4 機序・病理
5 鑑別診断
6 irAE心筋炎の治療

■7 irAE肝炎■
1 ICI治療中のがん患者における肝障害のスペクトラム
2 irAE肝炎の特徴:
3 irAE肝炎を疑った時にどうするか:その1
4 irAE肝炎を疑った時にどうするか:その2
5 irAE肝炎の治療・治療反応性・予後
6 irAE肝炎の治療推奨
7 肝疾患(ウイルス性肝炎やその他の慢性肝疾患)有するがん患者のICI治療
8 irAE肝炎後のICI再開について

■8 リウマチ性irAE■
1 リウマチ性irAEのスペクトラム
2 リウマチ性irAE【各論】
3 irAE関節炎以外のリウマチ性irAE【各論】
4 EULAR(欧州リウマチ学会)によるリウマチ性irAEの診断と治療についての推奨

■9 irAE腎炎■
1 ICI治療中のがん患者における腎障害のスペクトラム
2 irAE腎炎の定義・重症度
3 irAE腎炎の疫学・危険因子・機序
4 irAE腎炎の特徴
5 irAE腎炎の臨床・病理学的所見の特徴
6 irAE腎炎を疑った時にどうするか
7 irAE腎炎の治療・治療反応性・予後
8 irAE腎炎の治療推奨
9 腎移植患者におけるICI治療について
10 末期腎不全・透析患者におけるICI治療について

第3部
■10 血液学的irAE■
1 頻度・スペクトラム
2 血液学的irAE【各論】

■11 眼科irAE■
1 疫学・スペクトラム
2 眼科irAE【各論】
3 眼科irAE(ぶどう膜炎)の治療推奨

■12 その他のまれなirAE■
1 Acquired hemophilia A(AHA;後天性血友病A)
2 Brainstem encephalitis(脳幹脳炎)
3 Cytokine release syndrome(CRS;サイトカイン放出症候群)
4 Celiac disease(セリアック病)
5 Dermatomyositis(皮膚筋炎)
6 Enteric neuropathy(腸管神経障害)
7 Fanconi syndrome(Fanconi症候群)
8 Gastritis(胃炎)
9 Hypercalcemia(高カルシウム血症)
10 Peripheral ulcerative keratitis(PUK;周辺部潰瘍性角膜炎)
11 Lipodystrophy(脂肪異栄養/脂肪萎縮症)
12 Lupus nephritis(ループス腎炎)
13 Neuromyelitis optica spectrum disorder(視神経脊髄炎スペクトラム障害)
14 Orbital inflammatory disease(眼窩炎症性疾患)
15 Pancreatic exocrine insufficiency(膵外分泌不全)
16 Sweet syndrome(Sweet病)
17 Uveal effusion(脈絡膜滲出症)
18 Vocal cord paralysis(声帯麻痺)
19 Vogt-Koyanagi-Harada syndrome(VKHD:Vogt–小柳–原田症候群)
20 Wegenerʼs granulomatosis/Granulomatosis with polynangiitis(GPA;多発血管炎性肉芽腫症)

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■まとめに代えてから

-皮膚irAEといっても色々あるんですね。けれどよくわからない皮疹が出たとなったら皮膚科コンサルトで済ませてしまいそうです。

「正直な意見ですね。irAE診療においては皮膚科に限らずoncologyと各専門科との連携が良好であることはすごく大事です。irAE診療の質を担保する上で必須と言ってもいいかもしれません」

-それには強く同意します。ICIの処方をしている主科の先生だけで立ち向かうのは困難です。でもコンサルトするにしてもある程度は自分でアセスメントしたいです。

「本文でも触れたところですが、ICI治療中の患者での皮膚症状を認めたときにはworkupの最初から鑑別のリストにICI関連病態を含めることが大事です。例を挙げるならば顔が赤く腫れているのを見たら一見丹毒/蜂窩織炎のように見えても重症皮膚irAEのDRESS/DIHSではないか、またはICIによって増悪または誘発された皮膚筋炎ではないかという様に鑑別を最初から広げることが大事です」

-DRESS/DIHS疑ったら早々に皮膚科の意見を聞きたくなりますね。

そうですよね。何を疑っているかによって皮膚科コンサルトの緊急度が決まってきます。medscapeの皮膚irAEについての教育プログラムで以下のような提言がなされていましたので紹介します。

皮膚科照会を考慮すべき時点
●非緊急照会
 ▶グレード2の反応
 ▶非定型形態
 ▶乾癬状・苔癬状・水疱性類天疱瘡様
 ▶水疱<1%BSA
●緊急・同日照会
 ▶グレード3の反応
 ▶水疱≧1%BSA
 (水疱性皮膚症をSJS/TENと区別するのは困難)
 ▶粘膜病変
 ▶皮膚疼痛
http://www.medscape.org/commentary/skin-adverse-events

-なるほど、けれど一番多いのは掻痒±斑状丘疹性皮疹なんですよね。その時点で皮膚irAEなのか別物なのか区別するポイントってなんですか?

「皮疹がないのに痒みが強いだけのことがあって、ともすれば軽視されがちなのに患者さんのQOLを低下させてしまうことに注意が必要です。斑状丘疹性皮疹って実際に皮膚所見みていただいたらわかるんですが、一般的な薬疹と皮膚所見だけで区別するのは困難です。非特異的です」

-所見が非特異的って他のirAEと共通していますね。

「そうですね。非特異的症状と言うとともすれば軽く取られる恐れがあって、実際に皮膚irAEの大部分はGrade1-2なのですが一見最初軽症に見える皮疹がSJS/TENに移行したり、痒みだけであったのが水疱性類天疱瘡であったりということがあるので注意してフォローしてください」

-痒みが先行するって従来の水疱性類天疱瘡(BP)でも普通ですよね?

「そうです、けれど本文で触れていますが従来のBPでは掻痒のみの前駆期間は7日くらいであるのに対してirAEのBPでは1か月以上続くことが一般です。加えてBPであった場合にはICIの中止に加えてステロイドの全身投与が必要となるので要注意です」

-皮膚irAEでも重症だったらやっぱりステロイド全身投与が基本なんですね。

「yesでもありnoでもあります。掻痒だったらリリカⓇやガバペンⓇのような薬剤も有用です。乾癬様皮疹であったら色々な生物製剤が使えるようになっていますのでステロイドを回避できるという意味でも正確な診断(含皮膚生検)が求められる場面があります」

-もうひとつ気になったのがICI治療中の患者さんではST合剤(バクタⓇ)による重症皮疹が増えるっていう話ですが…irAE治療でステロイドある程度の量をある程度使う場合にはST合剤ってpneumocystis肺炎予防の基本薬ですよね。使うのを避けた方がいいんですか?

「いいえ。使用を回避すべきという意味では決してありません。COVID-19の流行が問題となっている今(2020年12月執筆時点)ではCOVID-19肺炎とpneumocystis肺炎とirAE肺臓炎が似ることを考えても使用を避けるどころか逆にirAEに対して高用量ステロイド治療行う時にはST合剤は初期からしっかり使っておきたい薬です。目安はPSL20mg以上3週間以上使うと分かっている人が対象です。他の薬剤同様、副作用には十分注意しながら積極的に使いましょう」

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■終わりに

今回の「編集後記」、いかがでしたでしょうか。このマガジンでは、金芳堂から発売されている新刊・好評書を中心に、弊社編集担当が本の概要と見どころ、裏話をご紹介していきます。

是非ともマガジンをフォローいただき、少しでも医学書を身近に感じていただければ嬉しいです。

それでは、次回の更新をお楽しみに!

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