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勇者と魔王と聖女は生きたい【4】|連載小説

エルの炎から逃れ、窓から逃げた僕たちは、未だに城から出れずにいた。

「うーん、"炎のやつ"、張り切りっておるな」

人工の明かりがついていない、使われていなそうな部屋に身を隠したところで、僕の手を握って走っていた少女はよく分からないことを呟いた。音を拾うようにピクピクと動く獣耳。
僕たちの背中にある扉の向こうで、騎士達が火元へと急いで駆け抜けて行った。城内にいる人、全てがあっちへこっちへ移動しているので、とてもではないが穏便に城から脱出することは不可能そうだった。

「お前」

「うん?」

僕は、見覚えのない少女を見下す。

「魔王なのか?」

「そうだ。驚いたか?」

驚きもする。僕が魔王城で戦った姿とは、全く異なる姿をしているのだから。
いたずらが成功した子どものように、ニンマリと少女が笑う。

「お前に渡した黒犬。そやつを媒体にして私の意識を表に出しておるのだ」

「媒体?」

「うーん。憑依しているといったら分かりやすいか?私の体は封印されているからな。この子の体を借りなければ、お前と話すこともできん」

説明しながら僕の周りをクルクルと回る。
その動作は犬のようであった。

「普通の犬じゃなかったのか……」

「三人兄弟の末っ子で、ケルベロスという魔犬種じゃ」

「魔、犬種?」

「食事は空中にある魔力だから食費はかからないぞ」

「いや、その心配はしてないけど」

「なんだ?飼いたい魔犬種ランキングを万年一位に輝く、もはや殿堂入りのケルベロスに興味がないと?生まれる頻度が百年に一回だから、超が十個程つくレア度だが、認めた飼い主に忠実だし、お互いに言葉が分かるし、何よりカワイイ」

「お前のケルベロスへの愛は分かった、分かったよ」

周りは敵だらけで、状況は最悪だというのに、魔王ののんきな調子を見ていると、無意味に固まった肩から力が抜けてきた。
その時だった。

「誰か、いるのですか?」

鈴を転がすような澄んだ女性の声が、室内に響いた。

「!?」

僕の前にいた魔王が慌てて振り返って、そして、よろめいた。本来の体とは背丈が異なり、力加減を誤ったのだろう。
僕も僕で、人がいないとばかり思っていたので驚いて、声のした方へとただ顔を向けるだけしかできなかった。

「あら?」

日焼けを知らないような白い肌、艶やかな腰まで伸びた銀髪、煌めくような強い意思を持った紫の瞳の美しい少女だった。白く、繊細な刺繍が施されたワンピースを身にまとった少女は、僕たちを見て目を瞬かせた。

「あらあら、"人間"だわ」

その台詞は、とても不思議だったけれど。
信じていた仲間に"擬い物"、と責め立てられ、つい先ほど肩の力が抜けたばかりの僕の涙腺が壊れる威力を持っていた。

「あ、うぅ、ぅぅ……」

大きな声を、出してはならない。
大きな声を出したら、たちまち部屋には殺意を持った騎士で溢れるだろう。
かつての僕の仲間たちも集まって、僕を糾弾して、殺そうとするだろう。

擬い物、と。

「僕、僕は……"擬い物"なんかじゃないのに……」

「私には、"人間"がお二人いるように見えますよ」

仲間に人間であることを否定されて。
よく知らない美しい少女に人間であることを肯定されて。

僕は声を押し殺して、地面に顔を押し付けるような情けない姿で泣いた。

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