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勇者と魔王と聖女は生きたい【序章】|連載小説

「私が自由に生きれるようになるまで導こう」

そんなことを、魔王が言う。

勇者の僕に、無防備に手を差し出して、そんなことを魔王が言う。

自由は怖い。

今まで《女神》の示す通りに行動してきた。

《女神》に導かれて、剣を手に取り、魔物を殺し、魔王を倒すために此処まで来た。

お前は勇者なのだと、《女神》に導かれたから、何の疑いもなく魔王を倒すために戦ってきた。そこに僕の意思はない。考える必要はなかった。恐怖すらなかった。

今なら愚かだと思う。何も疑うこともなく、考えることを放棄して、仲間と共に魔物を、そして、魔族を斬り捨てて来たことを。

国を救うため、人を救うため、友人を救うため。《女神》に導かれたのだから、その先に待つのがみんなの救いなのだ、と信じていた。

「僕は、死ぬのか?」

僕は魔王に負けた。完膚なきまでに完敗だった。剣でも、魔法でも勝てなかった。

「《女神》の預言だと、私とお前の相打ちになるはずだった。知らなかったのか?」

私は死ぬのは嫌だから必死に努力をして剣の腕も魔法の腕も磨いた、と魔王は言う。お前が弱すぎて拍子抜けだった、と。

勇者と魔王の相打ちの預言。そんなこと、僕は知らなかった。《女神》は教えてはくださらなかった。だから、僕は大丈夫なんだ、と思っていた。僕は魔王に勝てるんだと。

国を救うため、人を救うため、友人を救うため、《女神》に導かれて此処まで来たのに、その先に、僕だけ救いはなかった。

「ぼ、ぼく、僕は……死にたくない、死にたくない……!」

僕は、国のため、人のため、友人のため、自分の犠牲を受け入れるほどの器はなかった。

「死にたくなければ、《女神》の預言に背いて自由になるのだな。私は私に歯向かわなければ殺しはしない」

「そ、それは……」

死にたくない。では、《女神》の預言に背くか、と言われると、やはり、怖い。

《女神》の預言に背くことは、自由を手に入れることではあるが、自分の未来が全く分からなくなることだ。次の行動は何が正解なのか、何が不正解なのか分からなくなる。

次は何をすればいい?誰が教えてくれる?《女神》はもう教えてくれない。導いてくれない。僕に死ねと導いている。魔王と相打ちになれと。

もう《女神》の預言には頼れない。

自分の未来が分からない。

それが、とてつもなく怖い。

「怖いというのなら、私がお前を導いてやろう」

魔王が提案をする。それじゃあ《今》と変わらない。

僕の意思に関係なく、《女神》に導かれるまま、ここまで来た《今》と何が変わるというのか。導く者が、《女神》から魔王に変わっただけの提案に。

「私が自由に生きれるようになるまで導こう」

情けなく泣きじゃくる僕に、魔王は手を差し出して言う。

「少なくとも、私は《女神》と違ってお前の意志を尊重するし、お前がちゃんと自由になれるまでの期間限定だ。それに、何をしていいか、分からないわけじゃないだろう?」

分からない、と僕が言うと呆れた顔をする魔王。

「呆れた……お前が私に言ったんじゃないか。それは、《女神》に導かれない、私にも導かれない、お前の最初の行動だろう」

ああ……ああ、そうだ、僕は。

「僕は、死にたくない」

勇者である僕の泣き言に、敵である魔王だけが「それでいい」と笑って受け入れてくれた。

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