勇者と魔王と聖女は生きたい【56】|連載小説
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「うーむ、困ったな」
野宿の準備のため、ウェル様とエルが森へ入っている時のこと。
マオ様が、右へ左へと頭を傾けていました。
「珍しいですね、マオ様が迷われてるなんて」
「私だって迷うこともあろう」
その迷う姿が想像できなくて言ったのだが。
前回、ルーファウス様方の話の際に、はじめて迷うお姿を見せてくれたが、それでも未だに慣れぬものです。
でも、気を許した私たちに、迷う姿を"出せるように"なったのかもしれない。嬉しい変化に、心がホクホクする。
「何を迷っているのか、聞いてもよろしいでしょうか?」
「うむ。まぁ、予想していると思うが、エルのことだな」
「あぁ、彼女……」
ホクホク暖かくなった心が、一気に冷や水をかけられた気持ちになった。
つい先日、"魔法を知りたい"と私たちに合流してきた少女、エル。元、勇者一行の一人であり、ウェル様の仲間だった人。
本人は忘れているだろうけれど、私が聖女だったころに、王城の謁見の間で一度会ったことがある。勇者一行の中で唯一、嫌そうな顔をしていた記憶があった。"聖女の預言"に嫌々従う人を見たのは、あれがはじめてだった。
「彼女の扱いに困っている、と?」
「うむ。悪いやつではないと思うのだ」
「まぁ、そうでしょうね」
「しかし、人の心の理解がない」
「そうですね」
「自分の信念に重きを置くのは賛成だ。しかし、時には情も必要だろう。特に、我らには」
「……そうですね」
世界の理ともいえる"女神の預言"。
私たちは、ソレによれば既に死んでいる存在。
それに逆らって生きる私たちは、世界的に見ると許されない存在なのが常識だ。けれど、それでも、私たちは生きたいと願っている。
「私たちが生きているのは心の願いで、この世界の常識に当てはまらん。それを今のアヤツは理解せぬだろう」
「……信用できないのですね、マオ様は」
「うむ。こちらの魔法の知識を全て知った後、反旗を翻すことを懸念しておる。お主はどう思う?」
「信用できませんわ」
「ほう、キッパリ言うのう」
「当然です。彼女は、彼女たちは、真っ先にウェル様を切り捨てた。私たちよりもずっと長い付き合いのはずなのに……またやらない、という保証がどこにあるというのです」
「正論だ」
「信用がゼロ、どころか、マイナスなのです」
「そうだな」
「それに、私、彼女に怒っています。ウェル様を悲しませたんですもの」
「うむ」
私は、ウェル様を、マオ様を、何があっても大切にしたい。
お世話になったから。
助けられたから。
私一人だと生きていけないから。
理由は様々思いつくけれど、一番の理由は私が二人を好きになったから。
そんな好きな人を、切り捨てた人を許せなかった。
「……けれど」
「ん?」
魔法を知りたい、と一心に願う少女の姿が頭に浮かぶ。
「けれど、好きなものに一直線の姿勢は羨ましいと、思っておりますわ」
「ほう」
「私には、夢中になるものは、ありませんから」
何かに夢中になることに、一種、憧れをもっている私は、彼女が羨ましかった。それは、楽しいだろうか、胸が躍るのだろうか。全く想像ができない。
一つのことに一生懸命の彼女の姿は、眩しい物だった。
「引きこもりだったお主には、すぐ覚えなければならぬことも多いゆえに、今は見つからぬだけだ。すぐお主も夢中になるものが見つかるだろうとも」
「そうでしょうか?」
「うん。しかし、そうだな、心から嫌いにはなれん奴よの」
「そう、そうですね。困りました」
マオ様の悩み事だったはずが、私まで頭を抱えるはめになりました。
"女神の預言"さえなければ、もっと素直に彼女を見れるというのに。
「そうだな、うん、ティアよ」
「はい?」
その時、森に入っていたウェル様とエルが戻ってくる。
「次の街で、お主とエルの二人で買い出しに行ってこい」
「え?」「え?」
エルと私の声が重なる。
どうして、と小さなつぶやきが聞こえているはずなのに、マオ様はにんまりと笑うだけだった。
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