勇者と魔王と聖女は生きたい【55】|連載小説
「…………」
エルが僕たちに合流した次の日の昼。
アイシャの体に戻って来て早々に人化したマオは、顔を盛大に歪めていた。
「なにをしてたんだ、お前」
「ブラッシングを」
「…………」
その元凶は、ブラシ片手にマオの前にいたエルだった。
兎に角エルはマオのご機嫌を取ろうと必死だったのだ。マオの精神が自分の体に戻るまでもすごかったが、マオの精神が出た後の魔犬のアイシャに対してもすごい接待だった。
犬相手にへりくだるエルの姿は、もう正直見ていられないほどだ。
マオとアイシャは別人だという話をしたし、マオ自身も魔族だという話もしたのだが、彼女が魔法の新しい知識を学ぶためだったら関係ないらしい。
「ふむ、ブラッシングを」
「はい!」
「……魔犬の毛並みはどうであった?」
「はい!とってもツヤツヤでずっと触っていたい毛並みでした!」
「あれ?コイツ、いいやつなのでは?」
「マオ様、何を血迷ったこと言ってるんですか。魔犬に関わるとチョロすぎますよ。しっかりしてくださいませ」
「う、うむ、分かってる、分かっておるとも」
"魔犬の良さが分かるものに悪いやつはいない"とか言い出しそうだったマオに対して、ティアが聞いたこともない冷たい声で突っ込んだ。
当人のマオも冷や汗をかいていたが、とばっちりで僕まで冷や汗が出てきた。
「師匠」
「師匠と呼ぶな。どうした?」
「魔法を教えてください!」
「ウェルに言わなければならないことが分かったのか?」
「え、えーっと……"元気?"」
「なんだそれは。コミュ障か、お前」
エルとマオが軽い調子で会話を弾ませながら歩く。
僕が言うことではないが、かつて魔族と戦っていた勇者一行の一人が魔族と並んで歩いている光景は違和感しかない。
その二人の後ろで、不機嫌そうな顔をしたティアと並んだ僕は、戸惑いつつもティアに声を掛けた。
「て、ティア……どうかした?」
「……いえ、ちょっと不機嫌なだけです」
その不機嫌な理由を聞いたつもりだったのだが……。
「チョロいマオに怒ってる、とか?」
「先ほどはああ言いましたが、マオ様はチョロくありませんよ。気づいてます?エルのことを、ずっと"お前"って呼んでるんですよ」
「あ、そういえば……」
いつも僕たちには"お主"と言っているのに、エルにだけは"お前"と呼んでいる。エルに出会った時から、今もそうだった。どうしてだろう。
「マオ様は怒ってるんです。私も、とっても怒っています」
「な、なにに?」
……ああ、そういえば。
ティアも人の名前を呼ぶときに、"様付け"で呼ぶのに。エルのことだけは呼び捨てだった。
「私たちは、ウェル様のことを蔑ろにするエルに怒ってるんですよ」
そう、ティアが言う。
「ウェル様は私たちの大事な仲間なのですから」
足を止めた僕に構わず、ティアはそのまま歩いていく。
それが今はありがたかった。
「…………」
二人は僕のために怒ってくれていたのか。
別に、いいのに。もうエルのことも、かつての仲間のことも、どうでもいいと思えるようになってきたのだから。彼女たちのおかげで。
でも、彼女たちは怒る。
僕を殺そうとしておいて、どの面下げて教えを請いに来たのか、と。
図々しくも教えてと言うばかり。他に言うことがあるだろう、と。
それが分かると、途端、かぁぁっと顔に熱が集まる。つい、顔も緩む。
「あー……顔あっつい」
ティアに、マオに。
今の仲間に、大切にされている。
その事実が、嬉しくて嬉しくて、たまらなかった。
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