勇者と魔王と聖女は生きたい【81】|連載小説
優しく、穏やかながら強制力の強い言葉によって、僕たちは馬車に相乗りさせてもらった。
正面にイリヤ様。僕を挟んでエルとティアが並んで座る。どうしてか、ティアは何か言いたげに僕とイリヤ様の顔をチラチラと見ている。
「エル様は、お久しぶりですね」
「?会ったこと、あったかしら?」
「は、はは……」
すっかり忘れている様子のエルに、僕は乾いた笑いを出してしまった。
まさか勇者であることを隠している僕が「魔王を倒す旅の途中でお世話になっただろ」と言うわけにもいかないため、ウロウロと無意味に視線を泳がす。
「あなた達が魔王討伐の旅の最中に、一度だけお会いしたんです」
「ふーん」
気分を害した様子を見せないイリヤ様にホッとする。
いや、隠すのが上手いだけなのかもしれないので油断はできないのだが。
「……勇者様の件は、とても残念でしたね」
「あ。あぁ、ウェル、ウェルね……」
「少しお話しただけでしたが、とても良い方でした。もう一度、お話してみたかった」
「…………」
当人がここにいるので、反応に困る。
"死んだ僕"を惜しんでくれていること、良い方だったと称してくれたことは喜ばしい。
しかし、この言葉も"死の預言から生還した僕"には、決して向けられることはないのだと思うと複雑だった。
「……では、改めて自己紹介させていただきます。僕の名はイリヤ・セレストです。どうぞよろしくお願いします」
「あ、俺は、ウェル、です」
「偶然にも、アイツと同じ名前なのよね」
自然な様子でエルのフォローが入る。
……僕の名前はありきたりだったために、「そこまで気にせんでも良いだろ」というマオの言葉のまま偽名を考えなかった。
しかし、あの時から状況は変わり、元勇者の仲間のエルと一緒にいる"顔を隠したウェルという名の男"になってしまった。怪しい。これは怪しすぎる。
「えっと、私はティアです。よろしくお願いします」
「はい。……えーっと」
やはり怪しんだのか、察してしまったのか、チラチラとイリヤ様の視線が僕やティアの間を行ったり来たり泳ぐ。
「お二人に、お会いしたこと、ありませんでしたか?」
「「いえ、ぜんぜん」」
僕とティアの声が重なった。
そうか、ティアも聖女として貴族であるイリヤ様と会ったことがある可能性もあったのか。これは怪しい。
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