勇者と魔王と聖女は生きたい【8】|連載小説
城の抜け道から出た先は、王都の入り口とは真後ろの位置だった。朝日が僕たちを照らす中、王都から離れるために再び歩いた。
この世界で最も大きな街。
輝かしい都は、僕たちの死を望む者達がいると思うと薄暗く見えた。
王都の全貌が見える丘の上にたどり着いたところで、魔王が大きな欠伸をした。
「慣れぬ体で私は疲れた。そろそろ体に戻って寝る」
「えっ」
「お前たちも休んだら、適当に進んでおるといい。昼頃にまた戻る」
「ちょ、待って!」
僕の静止の言葉が間に合わず、光と共に少女の姿は消えた。
残ったのは、キョトンとした瞳の小さな黒い犬。
「……進むって、どこに?」
僕の疑問に、やはりその黒い犬は応えてはくれなかった。そこにもう魔王は"いない"ようだ。
途方に暮れた僕とは反対に、ミーティアは僕の隣にサッと座り込んだ。体力の回復をしようとしているのだろう。僕もゆっくりと座った。
しばらく、穏やかな空気が流れた。黒い犬が丘の上を駆け回ったり、花の匂いを嗅いだりと自由に動き回っているのを二人で眺める。
視線をそのまま、ミーティアが口を開いた。
「犬さんのお名前は何ですか?」
「アイツの名前?魔王に聞いてないけど……可愛がっているようだから、あるんじゃないかな」
魔犬の話をあれだけ嬉々として語っていたのだ。名前ぐらいはあるだろう。
「では、マオ様のお名前は?」
「魔王の?あるの、かな?」
「きっとあるのではないでしょうか?マオ様が戻ってきたら、聞くことがたくさんありますね」
「そうだな」
そういえば、仲間たちの前から逃げ出す時に、魔王はエルの炎を容易く操っていた。逃げ出した後に、魔王は「"炎のやつ"、張り切っておるな」と言っていたが、あれは、どういう意味だったのだろう。他に協力者がいたのだろうか。
「あの、ウェル様」
いつの間にか、黒い犬が戻ってきていたらしい。
ミーティアが黒い犬を抱き上げながら、恐る恐る言った。
「マオ様に私の同行を提案していただいて、ありがとうございます」
「あ、いや、それは……」
『私、死にたくありません!』と力強い声で懇願した彼女の声を思い出す。そう、彼女の願いに僕は共感して、魔王に提案したにすぎない。お礼を言われることとは思えなかった。
「それと、ごめんなさい」
「え?」
「私は、あなたの預言を隠していました」
「…………あぁ」
あぁ、そういえば、と僕は思う。
彼女は"勇者が魔王を討伐する"という女神の預言を、王や僕たちの前で朗々と語っていた。その時に僕が死ぬことを、一言も触れてはいなかった。だが、それは……。
「それは、仕方ないよ」
そう、仕方がないことなのだ。
"女神の預言"が……というより、教会が、本人に自身の死の預言を聞かせるのは禁忌としているのだ。その人の周りにも知らせてはならないほど、人の死の預言の扱いは厳しい。
「でも」
「本当に、気にしてないんだ。僕は預言に詠まれた内容よりも……」
"擬い物"だ、と糾弾する仲間たちを思い出して、ズキリと胸が痛む。
預言よりも何よりも、仲間に殺されかけたことに傷ついていた。
「でも、あの時、君は僕を"人間"だと言ってくれた。僕は、それだけで良いんだ」
「……私には、見えるからです」
「何を?」
「預言を」
彼女は説明が難しい、と困った顔をして黒犬を可愛がった。
黒犬を抱きしめて、うつらうつらしているミーティアの横で僕はぼんやりと空を見上げていた。
日が真上に上っている。
「……」
ぷるり、と身震いして黒犬がミーティアの腕の中から飛び出した。
光と共に少女の姿になり、周りを見渡した後にあんぐりと口を開いた。
「あら、マオ様が戻ってきましたわ」
「お主らまだ休憩中か!?全く進んでおらんではないか!」
叫びだした魔王に、僕は顔を逸らした。
「どこに向かえばいいか、分からなくて…」
「……」
魔王が絶句した。
「その、ごめん……いつも向かう先や行き方は、女神の預言に頼ってたんだ」
更に魔王が頭を抱える結果となった。
「……女神の預言の弊害はここまでとは」
「す、すまん」
「いや、私の認識の甘さが悪かった。すまない」
魔王が謝罪した、と僕が密かに慄いていると魔王は僕たちの前に座った。
「まずは自分で考えることを癖付けしていこう。最初はそうだな……」
「はい」
行儀よくミーティアが手を挙げた。
「ミーティア、気になることがあるか?」
「マオ様のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか?」
「……」
魔王が難しい顔をした。唐突な質問だからだろうか…。
「犬さんのお名前も聞きたいです」
「あの子はアイシャだ」
「アイシャ様。可愛らしいお名前ですね!」
犬の名前は即答だった。
「私の名前か……」
「?あの、言いたくなければ……」
「いや、あるにはあるんだが……アレは借り物の名前だからな。私のことはそのままマオでいいぞ」
「そうなのですか?」
「うん。私自身の名前はないんだ」
名前がないと言う魔王は、少し寂しそうに見えた。
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