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勇者と魔王と聖女は生きたい【2】|連載小説

"女神の預言"。
それは、女神クルクスルーナが、かつて過ちを繰り返して滅びかけた人間を哀れみ、人間の為に教えてくれる≪正しい未来への道標≫である。その言葉はすべて正しく、未来を見通していた。女神クルクスルーナによって最良の未来へ導かれることによって、人々は滅びず、繁栄してこれたのだ。

"女神の預言"に間違いはない。あってはならない。

女神クルクスルーナの言葉を預かり、人々に伝えるのが教会である。聖女を頂に、大司教、司教、司祭、修道士の順に位階が続く。シオンは司教の位階だ。
直接、人々に"女神の預言"を伝えるのが修道士、司祭。大司教となると、国の行く末を国王や大臣たちに伝える。
聖女は、年に一度の女神降臨祭で一年の世界の大まかな行く末を、大々的に国民たちの前で唱えるのが役割となっている。

必ず、"女神の預言"の通りに世界は、国は、人々は、動いて来た。

今日の朝食、就職先、旅先、果ては人生を共にする結婚相手など。"女神の預言"に言われるがままに人々は生きている。それが正しい未来なのだから当然である。

"女神の預言"に、間違いはないのだから。

ただ、たまに、"女神の預言"に詠まれないモノが現れる。

その存在を、教会は、こう称す。

「擬い物」

親友のハイスに剣を向けられて、僕は情けなく震えた。

「どうして、僕は擬い物なんかじゃない!」

「黙れ!親友の姿で俺を惑わすな!」

「僕は本物だ!本物の、ウェル・エクシオンだ!」

「黙れ!」

違う、違う、と言ってもハイスの殺意が止まらないどころか、強くなるばかりだった。
僕たちは、魔王討伐の凱旋は後日執り行うということで、騒ぎにならないよう、国民にも知られずに、ひっそりと王都へ戻っていた。
王へと報告を終えて、夜遅くなり城の一室で一人で休んでいる最中のことであった。突然扉を壊されハイスに殺意を向けられたのだ。

「女神様のお言葉では、本当のウェル・エクシオンは、魔王との戦いで相打ちとなりました」

「シオン!?」

「勇者様の姿で気安く私の名前を呼ばないで!今、ここにいるのは勇者様の擬い物です!!」

ハイスの後ろには、涙を流すシオンの姿。その後ろには、レアムトとエルが続いて部屋へと入る。
仲間達の手には武器があり、殺意、怒り、蔑み、負の感情も僕に向けられていた。

「し、師匠……師匠なら、僕を信じてくれますよね!?」

「擬い物の言葉など、聞くに値せぬ。……ああ、ウェルよ。後でしっかりと弔わなければ」

「エル……エルの魔法の知識なら、擬い物がどうか分かるだろ?」

「"魔法で擬い物かどうか判別できるか"。それは次の研究の題材にしようかしら。でも、女神様が言うんだもの。わざわざ魔法で判断しなくても事実は明白よ」

「ハイス……なぁ、俺たち、親友じゃないか」

「僕の親友ウェルは、魔王との戦いで死んだ」

ハイス、レアムト、エル。彼らの真ん中で、涙を流しながらシオンが笑って言った。

「女神様に、間違いはないのです」

だから死ね。

そう訴える心の声が聞こえた気がした。
シオンだけではない。かつての仲間達、かつて出会った人達、世界の人々から、僕の生を否定する声が突き刺さったように感じた。

「私から行くわよ!"炎の魔素よ、踊り狂え"!」

エルが僕に向かって、強力な炎の魔法を放つ。
少しでも触れると、一息に全身が火だるまになり対象を丸焦げにする魔法だ。旅の間、何度も助けられたエルの得意魔法。あの魔法を解除できる者を、僕は見たことがない。
助けられてきた魔法が、今は僕を殺さんとする恐怖の魔法となっている。
ぽろり、と僕の頬に涙が流れたのすら気付かず、茫然と炎が迫るのをただ見ていた。

「わん」

犬の鳴き声がした。
小さくて、きっと僕の耳にしか入らなかっただろう犬の声。

「はぁ!?」

「きゃあ!?」

ドォン、と爆音が辺りに響いた。
真っ直ぐと僕に向かっていた炎が、唐突にその勢いのまま直角に曲がって床に爆ぜた。勢いは止まらず、水平へ進み壁へと燃え広がっていく。
壁が崩れ、隣の部屋もまた燃やしていった。

「エル!何をしている!!」

「このままだと城が燃えてしまう!止めろ!」

「炎が言うことを聞かない!誰かに、操作を奪われてる……この私から!?」

炎の向こうで仲間達が騒いでいるようだったが、僕は腕の中からするりと降りた温かい存在を目で追っていた。
それは、黒い犬の姿をしていたが、一瞬の光の後、頭にピョコリと動く獣耳を持つ黒髪に褐色の肌の少女へと姿を変えた。

「さて、勇者よ」

赤色の瞳が僕を映す。
"見たことがない"少女だったが、その瞳だけは、僕は知っている気がした。

「お前は……いったい……」

「まずはここから逃げよう。話はそれからだ」

僕の手を握って引く、小さな暖かい手。

その暖かさは、僕の冷え切った手から心まで、伝わるように感じた。

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