空想SF小説「同性愛が広がったので、足立区は滅びました」

 足立区は大騒ぎになっていた。
 わあわあという怒号が飛び交い、誰がなにを主張しているのかもわからないありさまだ。あれだけ密集したなかに入っていくには、人間ではちょっと強度が足りないだろう。
「えーっ、どうしよ」
 モクレンはそう言って、隣にいたサクラを見た。どうしよ、とは言っているが、言葉の裏では帰りたがっているのが見え透いていた。
「行くよ。行くのが私たちの課題だろ」
「マジで言ってる?」
「マジで言ってる」
 それだけ言うと、サクラはさっさと騒ぎの渦中へ向かっていった。そうなると仕方がないので、モクレンもあとを追うしかない。
 ここまでだって、サクラがいなければ来られなかったのだ。モクレンひとりで帰れるわけもない。帰りの電車がわからない。
「すみません、ちょっと――」
 サクラが声をかけると、騒ぎのもっとも外側にいたものがぐるりと振り向き、視線を向けた。コンマ一秒の間。その後、彼は言う。
「LGBTQ+の方ですね。危ないので、下がっていてください」

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