笑いの工学的な解明

寿さんへの返信。長くなりそうなのと、ある程度の普遍性がありそうなので、独立した原稿にして書きます。「笑い」を工学的に論じてみたいと。

■爆発しないといけない
笑いのメカニズムを論じた有名なものに、故・桂枝雀師匠の「緊張と緩和」があります。
確かに、笑いというのは、なにか溜まったものが破裂するような所があります。実際、腹筋が痙攣するように動くし。
こちょこちょと、こそばすとか。
性的な快感もまた、噴火や爆発のような形をとります。

■エンジンで考えてみる
だから、自動車や二輪車のエンジン、内燃機関の動作を通じて、笑いを理解できないかなぁと考えました。
今日多く使われる4サイクル機関では、吸入ー圧縮ー爆発ー排気の4工程を2回転、ピストンが2度上下して行います。
小型オートバイやチェーンソーで多く使われていた2サイクル機関では、吸気と排気が同時に行われます(掃気)。

もしも、笑いのオチが先に分かっていたら、圧縮前に着火しているような状態で、十分な力が出ません。
笑わせる内容が難解で、お客さんの2割しか笑ってくれない場合、これはエンジンだと、ガソリンと空気の混合が悪くて、燃焼室で一気に火炎が広がらない状態ですね。
着火に失敗して、プラグがガソリンで濡れて、火が付かない状態を「カブる」と言います。これはお笑いだと無理に面白そうなことを連打してスベっている状態でしょうか。
エンジンは、最適な空燃比で、ちゃんと圧縮して、燃え広がる間合いも計算に入れて上死点の少し手前で点火すると、最も力が出ます。

■笑いの燃料
「タブーを破る」
これは単なるうんこちんちんから、政治的ジョークまで、言ってはいけないことを言うことで、笑いを得る方法です。

「相手の虚を突く」
どんでん返しを見せ、意外な結末に安堵、または馬鹿馬鹿しさを感じて、笑わせる方法です。

逆に「共感を得る」など、他にもあります。
たとえば「権威を引きずり下ろす」は、タブーを破るのも、虚を突くのも、共感を得るのも、どれも兼ね備えます。

こうした感情の動きが、エンジンでいえば「炭化水素の酸化反応(要は油が急激に燃える)」みたいな物で、笑いの燃料になるわけです。
感情の動きを、短い時間で急変化させると、笑いになるのだと考えます。

人間には、矛盾やタブーや孤独など、日頃は押さえ込んでいる感情があります。
これは炭化水素が酸素と結合していない状態、要はエネルギーを溜め込んでいるわけですね。これをドカンと解放してやる。こういう爆発が笑いなのでしょう。

■燃料の霧化
ガソリンの理論空燃比は15対1、空気と燃料をこの比率で混ぜると完全燃焼します。化学式どおりに反応する比率なんでしょう。
空気と燃料を完全に混ぜておかないと、綺麗に燃えません。

たとえば、故・桂米朝師のマクラ。
米朝師は滅びかけた関西の古典落語を多数、発掘保全されました。
今では通じにくい駄洒落を通用させるため、落語の本題に入る前の雑談「マクラ」では、本題で使う駄洒落の用語を徹底的に周知します。
マクラは、あらかじめ軽くお客さんを笑わせて、笑いやすい状態にしておく、車で言えば暖機運転なんですが。
米朝師のマクラは、本題で使う古語を徹底解説して、聴衆の予備知識を戦前や江戸時代と同等まで高めようという。だから「大学の講義みたい」とか言われていたのです。
何となく落語だから笑う、人間国宝だから笑う、そういう笑いじゃなく「古典落語を理解した上で笑ってもらおう」という……完璧主義というか、なんか心配しぃというか。

「鹿政談」という、奈良を舞台にした古典落語がありまして、役所から出た餌代をくすねた悪い奴がいて鹿が飢えて云々……江戸時代のお話です、江戸時代ですよ、江戸時代やちゅうとるやろ!
落語の口述筆記サイトからテキストデータを吸って、文字数計算サイトでカウントした暇人がここに居るのですが、「鹿政談」はマクラと本題の長さが五分五分、同じぐらいありました。あの落語、半分ぐらいは予備知識の説明なんです。そこまで説明せなあかんような落語、わざわざ演らんでも……いえ、そこまでして残されたのが米朝師匠の偉大なところです。

こうやって、当時なみの予備知識を用意することで、昔の駄洒落が生きるようにしているわけです。わざわざ水を電気分解して水素を作り、エンジンの燃料に使うようなことまでしていた。石油が枯渇しても米朝一門は大丈夫でしょう。

■自動車会社の芸風

石油危機といえば、今から50年ほど前。
排気ガス規制も一緒にあって、自動車のエンジン技術が一気に進歩した。
あの時、本田技研工業がいち早く、米国の厳しい法律をクリアする技術を作りました。CVCC方式といって、エンジンの燃焼室の上に壷がある。

普通だと上手く燃えない薄い混合気をシリンダーに入れておいて、壷の中だけ濃いガスを入れてプラグで点火する。壷から炎が噴き出て、シリンダーの中の薄い混合気も燃える。

ホンダも、うまい手を考えたもので。
これ、お笑いで言えば「サクラを仕込む」に、ほかなりませんね。
米シットコムで笑いの効果音が入ってゲラゲラいってるとか。
落語会で観客ほとんど意味わかってないけど、前で落語通が笑ってるから何となく合わせて笑ってしまうとか。
人の主体性のなさや見栄に付け込む手です。

日産自動車は「ツインスパーク」という手を使いました。
点火プラグが2本あって、火の回りを速くするのです。
これは落語より漫才という感じでしょうか。

スバルは、長い吸気管を通る間に、薄い混合気が温められて、よく燃えるようにしました。「米朝師匠のマクラが長い」みたいな方式です。

三菱自は、燃やす時に、空気だけの突風を入れて、勢いよく炎を回す。非常に吉本的な笑いです。エンジン設計だけ関西でやってたのが原因でしょう(京外大の隣)。

マツダは、燃えきらない排気ガスをエンジンの外で燃やしていました。前説芸人のような感じでしょうか。

トヨタは、他社から特許を買って、いろんな方法を試しました。テレビ局のような手です。

半世紀前は、自動車会社によって「完全燃焼」への様々な試みがありましたが、今は大差ありません。
それは電子技術の進歩で、様々なセンサが燃焼状態を把握し、最適な燃焼に制御するからです。

ノックセンサは、異常燃焼の振動を検知し、点火タイミングをズラします。
O2センサは、混合気にどれだけ酸素が入っているかを読み取ります。
運転手がアクセルをカパカパ踏んでも、コンピューターは必要な燃料だけを噴射して、プラグが湿って火が付かないといった事態は起こりません。
また、温度センサにより、火の付きやすさも計算されています。

舞台の上で、観客の反応を敏感に読み取りながら、最適な言葉だけを発する理想の芸人………なんか嫌ですね、今のエンジンって。

■新聞屋から転用できる技術

私は新聞の見出しを作っていました。
新聞で使う漢字や言い回しは、おおむね「15歳で理解できるもの」と決まっていて「用字用語集」という経典に従って書いています。

見出しの職人は、それだけじゃない。
個々の単語が、どれぐらい流行っているか、何割ぐらいに前提条件を共有されるか、考えながら仕事しないといけません。
たとえ笑いを狙っていない、真面目なニュースでも「表現の理解しやすさ」は慎重に検討されています。

もちろん、笑わせる場合だと。たとえば「ドリフターズのギャグ」を使っても50代以上しか理解できませんね。またネットスラングを使っても何割に通じるやら(実際、こういう論争が日々、社員の間で戦わされています)。

こうした論争を経て、ある駄洒落やダブルミーニングを紙面で使うとします。
「地口オチ」駄洒落、音の近似を使う手だと、活字で表現するのに苦心します。そこだけカタカナで書く、ツメカッコでくくる、文字の色を変える。
2つの読みや意味があって、その片方だけ読み取れて、片方が意味不明になると、駄洒落の見出しはスベります。
あまりにも簡単に駄洒落だと分かっても、スベります。
エンジンの「圧縮ー爆発」のように、タメやヒネリを効かせてから、一気に読ませる。
話芸の「間」のように、読者が目で追って読み取る速度を考えながら、文字の大きさや太さ、配置、その単語の認知度、年代、その駄洒落の苦しさ、などを足し引き計算していくわけです。

目で見て1秒弱ぐらいの後に、プッと笑わせたら成功。
家で朝刊を見て、会社に着いてから駄洒落だったと気付かれるようじゃ失敗。「あぁ、何だろうと思ったら、やっと意味が分かったわ」
頁を開けた瞬間に「また何かアホなことやっとるわ」と思われたら、会社に苦情電話も来ます。

以上、笑いとエンジンと新聞の話。
笑いは、溜まっていたエネルギーがドッと解放される、爆発的反応が要る件。
爆発的反応を適切に得るため、過去に自動車会社が趣向を凝らした手法。
新聞の見出し屋には元々、単語の認知度を測りつつ、一目で意味を伝える技術があり、認識する速度を微調整すれば、笑いを取ることも可能。
こういう雑文です。
米朝師匠の口述筆記には「なんやチャリみたいになってもて」がよく出てきました。「お笑い寸劇のような状態」という意味だそうですが。
私の文章の場合、笑いのエンジンが付いていない「チャリみたい」ですね。

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