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たまに夢中になることもある ~たくさんのショパンを聴きながら~

お元気ですか。私はなんとか。

なんとかやっているといっても年々エネルギーが乏しくなり、特に趣味方面やら推し活動については全く進展しない毎日である。なんとなく好きというのはあるけれど、熱を持って人や作品を愛することができない。それは体力のなさからくるようで、情けないけれどこれ以上頑張ることができない。歳をとるってこういうことなのかと暗たんたる気持ちになる。

そんな自分だが、いつもより少しは好き、少しは熱中できることを最近見つけた。この10月に始まったショパン国際ピアノコンクールだ。昨今の事情で昨年だったのが今年に延期され、今月、一次予選が始まった。実は一次予選以前に7月に予備予選があって、そこですでにたくさんの人がふるい落とされている。

一次予選に残ったという時点でもう全員がすごいピアニストなのだけれど、そこにはまだ87名いて、二次予選で半分、三次予選でさらに半分と絞られていく。この記事を書いている10月16日時点では三次予選の途中で、競っているのは23人のピアニスト。日本人はうち5名だ。

このコンクールは5年に一度で既に2005年からすべてネット配信されている。もちろん今回もすべての参加者(「コンテスタント」と呼ぶ)の演奏を聴くことができる。ありがたい世の中になったものだ。それを聴くべく先日重い腰を上げ、テレビでYouTubeが見られるようにアタッチメントを買ってきた。オットにさくさく設定してもらう。わあ画面がでかくてきれい! でも音は予想したほど良くはならなかった。スマホにイヤホンが今のところ一番音が鮮明だ。

ショパンコンクールというのは全ての人がショパンしか弾かない。そういう規定になっている。予選も本選も「これらの曲の中から選ぶ」というリストがあるのでどうしても曲が重なる。聞き比べができるという意味ではとても贅沢なのだけれど、これを例えば一次予選では87人分聞くわけだ。審査員はなんて大変なんだろうと思う。

クラシックのピアノ曲が好きだがマニアというわけではない。なので日本だけでもこんなにたくさんのすぐれたピアニストがいることを知らなかった。すごいですよこの方達。どの人の演奏も胸を打たれる。なんでこの人たち(国籍とか関係なく)に序列をつけなきゃならないのか意味わかんないくらい皆さんすばらしい。

でもまあやっぱり日本人というと少し肩入れの度合いが強くなる。そもそもこのコンクールに久々に興味を持ったのはかてぃんこと角野隼斗さんが出たからだ。彼は人気Youtuberでジャズもポップスも弾くけど、国内のクラシックの賞も取っており東大の大学院で音声情報処理を研究して総長賞を受賞した想像を絶するマルチな人だ。

角野さんの醍醐味はクラシックだとかジャズだとか、そんなジャンルなど軽々と飛び越えて自由自在にとびきりお洒落な音楽を創り奏でるところにあると思っている。それから彼の、原曲をリスペクトしながらアレンジしていく能力の高さはちょっと他の人の追従を許さない、と思うんだ。だから作曲家の原曲をきっちり守るクラシックのコンクールで彼を評価するのは、数学の天才なのに国語のテストで戦ってるみたいな、そんな気がしていた。だけど本人はクラシック音楽そのもののもっとずっと先を見据えていたし、数学の天才は国語のテストでもぶっちぎりで現在三次予選に残っている

自分の体力が無いからコンテスタント全部は聴けない。ありがたいことにライブだけでなくアーカイブも全部残っているので(いま現在は)、気になる人をちょこちょこ聴き、他の人々が書いたコンクール評なども読みあさっている。聴き手にも個性があって楽しい。海原雄山みたいに批評している人もいたし(笑)。自分は素人なので聴けばどの人も全部すばらしく思える。

惜しくも二次予選で敗退したが牛田智大さんは本当にすばらしかった。まだお若いのに人生を振り返るみたいな重みを感じた。演奏動画はここ。丁寧で美しくちょっと悟りを開いた的な境地まで感じてしまい驚いたし、絶対この人はファイナルまで行くと思ったのに。ネットでもなぜ彼が落ちたのか騒然としていた。でもまあ既に国際的にも活躍されていて、なんといっても若いので(ショパンコンクールは年齢制限がある)、もう一度挑戦するチャンスもある。

この方のtwitterやらインタビューやらを見ると本当に人間的にもすばらしく、なんだかフィギュアスケートの羽生弓弦選手を連想してしまった。子どもの頃から活躍し注目されてきた人特有の個性なんだろうか。若いのに気配りに長けていて、そんなに広い心を持たなくてもいいよ、もっとわがままで人に迷惑を掛けていいんだよと思ってしまった。どこかで生演奏を聴きたい。

小林愛実さんは二次予選だけライブで聴けたが、その深く深く自分のうちに沈んでもがきながらやがて美しい音楽を浮かび上がらせるような演奏に心を打たれた。聴いていると、聴き手であるわたし自身の苦しかった体験とそれを乗り越えようと必死で走ってきた今日までを思い起こさせるような気がする。女性だから一般に男性よりは身体が小さいし、小林さんもさほど大きな方には見えない。フォルテやフォルテシモを表現する時、身体の大きさや力によるハンディはないのだろうか。ところどころ椅子から立ち上がるように弾いていた。それがひとり異国でがんばる(アメリカで勉強中)彼女と重なって思わず手を握りしめて応援してしまった。ショパンコンクールは二度目の挑戦だそうで、前回のファイナリストでもある。

誰かの評を読んで聴いてみたスペインのガルシア・ガルシアさんは、びっくりするくらい明るいショパンだった。会場からレポートしてくださるPTNAのnote(後半部分)にもあったけれど、暗いとか落ち込みとかそういった部分を全然感じない、底抜けに明るく雲一つ無い青空みたいなショパンで、これはこれですごいんじゃないかと思う。あまりにも明るいからこの方の優勝は多分無いんじゃないかと思うけど(ショパンってほら、病弱だったし一生故国に帰れなかったし明るいだけじゃないから)、この人も生で聴いてみたい。

沢田蒼梧さんもすばらしく美しかった。惜しくも三次には進めなかったが。語彙が乏しいのでコンテスタントの皆さんの良さをちゃんと表現できなくて悔しい。沢田さんは名古屋大学で学ぶ医学生で、お医者さんとピアニストの両立をめざしているのかな? 繊細で絹糸を束ねたような、変な比喩だけど(わかる人だけわかって)ゼブラの丸ペンで丁寧に隅々まで描かれた風景画のような、はかなく美しいショパンだった。このコンクールに出場すること自体、どんなに才能があっても並大抵の努力ではなしえないと思う。下世話な話だけれど医学部の実習や国家試験は大丈夫なんだろうか。どうかお体を壊されませんように。

そして角野さん目当てで聞き出したコンクールで一押しになってしまった(笑)のが反田恭平さん。すごいおじさんに見えるけど27歳(大失礼)。ピアニストとしてだけではなく、オーケストラを作ったり会社を建てて音楽家の活動の場を提供したりとマルチな活躍をしている。こういう若い人が世の中を動かしていくんだよな。素直にすごい、と思う。そして自身も全身全霊をこめて考え抜き選び抜いた形でショパンを奏でる。どういう形にせよ、この人もこれから応援しなくちゃと言う気持ちになる。しかも同じピアニストの務川慧悟さんと二人ピアノのCDを出しているのね! 務川さんは別のコンクール(エリザベート王妃国際音楽コンクール)で先日3位に入り、今回のショパンの方には出ていないんだけれども微かなつながりもあり心で応援しているひとり。知らなかった。これ買わなきゃ!

というわけでピアノ三昧な毎日を送っている。応援しても全員がファイナルに進めるわけではないし優勝者は1人しかいない。だけどコンクールを配信してもらえるおかげで世界中のすばらしい音楽家のショーを見ているみたいで本当に楽しくて、当分これでエネルギーをもらって生きて行けそうな気がしている。


ああ3000字以上書いてしまった。それでも、ちゃんと全部聴いていなくて新藤さんとか古海さんとか書けなかった。書いていない人は森野が「まだ聴いていない」んです。すみません。

扉画像は長谷川晃子さんのものを使わせていただきました。

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